2010年5月最終週の土曜日に行われた「夏のミュージック・フェア」のチャットで披露した小話修正版です。 好きなものを書いてもいい、と云われて書かせていただいた話なので、方淵さんです。



【臨時補佐官に出くわす】
「げ、」
ほぼ同じタイミングで、目を合わせた2人が、同時に声を発し、そのことに思い切り顔をしかめた。
――なんだか、こういうの、久しぶりかもしれない。
夕鈴は思う。目の前の柳方淵と、しばし対立していたが、微妙な感じだが誤解は少し解け、こんな風に睨みあう機会が減っていた。
なにより最近、夕鈴の方に時間がなかった。ここのところ、ずっと氾家の娘、紅珠の相手に忙しい。
妃としてこの後宮に来て、同じ年頃の娘と割と気楽に話せるので、夕鈴としてもついつい時間を空けてしまう。
かわいらしくて、おしとやかな紅珠の姿が、夕鈴の脳裏に浮かぶ。そして目の前の方淵が自分に向けた言葉を思い出す。
――紅珠も、あんな風に云われるのかしら?
今でも和解とは云い難い和解をするまでの、あの日々を思い出しながら、夕鈴はぎっと方淵を睨みつける。
それに、方淵も眉を上げて、夕鈴を睨む。どうにも互いに反射になっているようだ。
「なにか、おっしゃりたいことでもあるんですか?」
言葉は丁寧だが、まなざしは背の低い夕鈴を見下ろすというよりも、彼女を完全に見下すような態度で云う。
「ええ、あります。柳殿は氾家の紅珠をご存知ですよね?」
その言葉に、方淵は驚いたように目を見開き、それから頷いた。
「無論、知っております。……確か、貴女が彼女の相手をしているのですね。失礼、間違えました。貴女が相手をしてもらっているんですよね?」
わざとらしい訂正の口調に、夕鈴の血管がぴき、とひきつるのを自覚した。
――この男! 相変わらずだわ。
和解した時の態度や、その後も小さく続いている諍いを思えば、そう云われるのも仕方のないことだった。しかし、同時に、安堵もした。
「あなたは、紅珠が陛下の花嫁の候補だと知っていて?」
云った瞬間、しまった、と思った。こんなこと、云うつもりではなかった。しかも、云い方が嫌味のようで、自分で嫌になる。
「………知らないのはこの王宮の中で誰もいないと思います」
不思議そうに眉をひそめて、方淵が云う。そしてその表情のまま、言葉を継いだ。少し苦い表情だ。
「逆に、貴女がそのことを知っていて、なおものんびりと構えていることに、私は驚いていますが?」
「えっ、あ、そうよね! あははは! 困っちゃうわ、陛下にも」
不自然に笑って、それから思い返して問うた。
「あなたは…………紅珠の輿入れには、賛成なの?」
それは、紅珠に夕鈴に対するようなするどい言葉が投げつけられないだろうからいいのだが、なんとなく心境は複雑だ。
――紅珠なら、あんな言葉云われたら、すぐに泣いちゃうわ。
方淵は平静に答えた。
「…………もともと、私の云う事など、陛下は気にもされませんが。別に私が、誰も彼もが陛下の伴侶にふさわしくないと思っているわけではありません」
ちくん、と夕鈴の胸が痛む。
「それに、仮に陛下が私の進言を聞いてくださったとして、私がずっと反対していたら、陛下は生涯独身になります」
「――確かに」
方淵の言葉に、夕鈴はうんうんと頷いた。そしてはたと気付く。
――そこまで云われて、私がダメだしされてるってことは、この人にとって、私は独身よりもひどいってこと!?
夕鈴はまたまなざしを強くして、方淵を睨んだ。
「もう、いいです! 失礼します!」
方淵の脇をすり抜けて、足に力を込めて歩き出す。そのすれ違いざま、方淵が云う。
「確かに氾家の娘は、陛下に利をもたらす。――しかし、財を食いつくすかと懸念していた貴女は、陛下になにかを与えているようだ」
「〜〜〜〜!!」
思いもかけない言葉に、夕鈴は方淵を見た。
しかし彼は、もう夕鈴の方を見ずに、しかも完全に背を向けて、歩き出していた。
――ここは、喜んでいいのかしら?
まだ、方淵は自分に厳しい。しかし、それでもなにか認めてくれることはわかった。今はそれだけでいい。
――すぐに変わったら、それはそれで気持ち悪いもの。
言葉にしたら、方淵が眉を吊り上げそうなことを思って、夕鈴も自分の進行方向へ歩き出す。
――次にこういう風に会ったら、『柳殿も紅珠のような娘が好み?』って聞いてみよう。
普段自分には仏頂面しか見せない臨時補佐官の、動揺した表情がぜひとも見てみたかった。
その考えはとても名案のように思えて、その日一日は皆に「機嫌いいね」と聞かれるほどだったのは別の話である。
 end 110201re:up

 少しだけ直しました。結構経っているので、やっぱり恥ずかしいです。