※花ゆめ2010年9号ネタバレ
カインとセツカを繋ぐ、偽りの絆。
けれども、セツカには、その儚くも脆いものが、自分のすべてだった。
撮影は順調とのことで、予定のスケジュール通りに進んでいるらしい。
カインの仕事は完璧だ。
望まれた役柄を、的確に把握し、時には普段のカインとは考えられないくらい別人を、その仕事の中で作り上げる。もっとも、あの容姿や雰囲気から、ああいう役柄しか与えられないけれど。
カインのした仕事は見られる限りはすべて観た。
カインが世界のすべてだったから、映画もテレビもカインがらみでしか見ない。ただテレビだけは、マネジメントを豪語する都合上、時事の流れを把握しておきたくてニュースなどは見るようにしている。
演技はどんどん良くなってきている。
セツカは素人目だが、ごくたまに、カインの台本の読み合わせに付き合っているので、よくわかる。演技力は少しずつついていったもので、それはカインがいろんなことを吸収し、血のにじむような努力で得たものだと知っている。
ただ、やっぱり素質があったのだろう。
カインの努力を見てきたけれど、セツカが同じことをして、今のカインの立場までいけるかはわからない。カインの性格など関係ないように、いつかカインがセツカの手の届かないところへ行ってしまう気がするのは、そう遠い日の話ではない。それは確信だ。
だからこそ、不安になる。
――いつまで、そばにいられるの…………?
妹として、ずっとそばに置いてもらった。そうしないとセツカが壊れてしまっただろう。フラッシュバックする想い出はなかったことにしたいけれど、そうは出来ないことをセツカは嫌というほど知っていた。気付けば、カインがセツカを守るようにして、そうして2人で生きてきた。けれども一緒にいる月日が長くなるほど、セツカはこの日々が終わってしまう、と思っていた。そのくらいにセツカが成長したのだろう。
けれども、まだ、セツカの世界の中心は、カインだった。それはずっと変わりのない真実。他に目を向けることも考えられないくらいに強く、セツカにはカインしか望まない。
カインが出かけていくのを見送って、カインが帰るのを待っている。そういう生活でよかった。
けれどもセツカの心の奥に、終わりが見えていることもあって、最近は待っていることも不安だった。
カインが帰ってこなかったらどうしよう、とか帰りの時間が遅くなると不安がセツカを襲う。
――本当の妹じゃないから、カインは私をすぐに捨てられる…………。
そんな風に考えて、帰って来るまで、身体を小さくして、息を詰めている。しかしその不安は強風の日のフラッシュバックとは違っていたので、セツカはカインにそれを隠した。そう思っていることで、うっとおしがられるのが嫌だった。
泣きそうになるギリギリのラインで、カインが帰ってくると、いつも待っているようにふるまって、カインにしがみついた。
もうすぐ、撮影が終わる。
この仕事がカインの大きな分岐点になるのは確実だった。だからこそ、不安が募ってしまうのだ。
――もうすぐ、この部屋も引き払う………………。
その時に、カインはまたセツカを選んでくれるだろうか。一緒に同じ家に帰ってくれるだろうか。
あまり外に出ていない(のはどこへついていっても一緒だが)けど、この国は居心地がよかった。
そして異国なのに、どこか懐かしい気がしていたのは、セツカの名に日本の文字があてられているからかもしれなかった。
――けれど、ここに残れ、なんて云わないでね…………。
故郷なんてなくていい。
家なんてカインがいなければ家ではない。逆にカインがいれば、家がなくても、セツカにとってそこが家だ。
その翌日のことだった。
ベッドの上で寝転がって、ファッション誌を読んでいたセツカがいつの間にか少しずつ移動していたらしい。
「きゃあ」
無意識にまた少し動いて、あっと気付いた時には、ベッドから滑り落ちていた。下半身が動いていたので、頭から落ちることはなかったが、まさかのことにとっさにあらゆるところをつかんでしまっていた。
「いたぁ…………」
呟いて、起き上がる。落ちたのは、カインと自分のベッドがある間で、両手でシーツをつかんだのだが、自分のベッドはもちろん、カインのベッドにまで手を伸ばしてしまっていた。
「あーあ、ぐちゃぐちゃ」
今日に限ってはベッドメイクしなくていい、とカインは云い残して仕事へ向かったので、まぎらわしいのでセツカもお願いしなかった。カインのベッドはセツカが申し出るまでもなく、カインがきれいにしていたので、その分、自分のは丁寧に直した。またすぐに、ぐちゃぐちゃにしてしまったけれども。
――せっかく兄さんが整えたのに…………。
きっちり直せば大丈夫、と思い直して、自分のは後回しにして、セツカは立ち上がった。
そして見よう見まねでベッドメイクしている時に、カインの枕の下あたりになにかあるのに気付いた。
「なあに、これ?」
興味を惹かれて、枕から取り出す。書類だった。
カインはセツカが目を覚ます前に、ベッドを整えてしまっていたので、気付かなかった。
そのことに気付いた時、ちり、といやな感じがした。
「そういえば……………」
セツカは口に手をあてて、考えるしぐさをする。
兄がベッドメイキングを断れ、と云ったのも初めてだった。
セツカはそっと、書類の表面を撫で、慎重に書類を手に取った。
表紙には作品のタイトルと日程が書かれている。日にちからして、おそらく次の仕事だ。
――そーゆーの、隠したり、しないよね…………?
仮にもマネージャーと云っているので、仕事の内容をセツカは把握している。カインも隠したりしない。
――でも迷っているのかな………?
そう思いながら、めくった跡がつかないように、書類をぱらぱらめくって目を通す。初めの数枚は作品についてのおおまかな内容だった。半分過ぎたあたりに、契約の内容などが書かれている。今度の仕事も大きなものになりそうだった。その中に、気になるものを見つけた。
≪そちらからの希望により、独居者専用のアパートメントを手配しています≫
さっと読んで、気になった部分がそこだった。一回ざっと見て、うろたえ、もう一度、今度は舐めるように見た。
――独居者って……………!
しかもカインの希望と書いてある。
今度こそ、セツカは置いていかれてしまう。
あわてて、その後も見たけれど、他にセツカの気にかかるようなことは書かれていなかった。もう一度件のページに戻る。
「兄さん…………………」
向こうからの条件ならよかった。そうなって、離れて暮らすことは初めてではなかったから。しかし、今度はカインの希望だ。
視界が、ぐにゃりと歪んだ。
今まで守っていた世界が壊れていくみたいだとぼんやり思うが、頬が濡れている感触に気付いて、自分が泣いていたせいだと知る。
――置いて、行かないで………………。
それは言葉にならずに、セツカはしゃくりあげた。
がちゃり、とドアが開く気配に、セツカは目を覚ました。
泣きながら、カインにわからないようにベッドを整えたことは覚えている。しかしその間涙はずっと止まらなくて、ベッドをきれいにしたところで、この顔でばれてしまうと思った。その時間を少しでも延ばすため、部屋の電気を消した。そこから自分のベッドに戻って、そこで記憶が途切れている。
「セツカ?」
部屋が暗いからか、カインが電気を点けながら、問いかけるように、セツカの名前を呼んだ。
「……………兄さん……………」
声に、カインはすぐさまこちらに来る足音が聞こえた。電気は点けられてしまったので、もう顔は隠せなくて、最後の抵抗でセツカは掛け布団を顔まで深くかぶった。
「具合悪いのか、セツカ」
ぎしり、とベッドが沈む音がして、カインがセツカのベッドに腰を下ろした。そうして布団越しにそっと撫でる。またも泣きそうになった。それをこらえて、セツカは云った。
「うん…………だから、夕食は兄さんだけで食べてくれる?」
そこは、忘れない。
ふ、とカインが微笑んで、セツカを軽く叩いて云った。
「いいよ。おなかは減っていないし、お前のそばにいるよ」
「駄目よ。明日も撮影あるんだから、倒れちゃうわ」
食事の面だけはどうしても譲れなくて、セツカは涙声にならないようにしながら云い募る。
「それなら食事に出かけても独りで大丈夫だと兄さんの目を見て云ってくれないか」
「〜〜〜っ!」
セツカは言葉を詰まらせる。そしてさらに布団を自分の中で抱き込んで、云った。
「―――大丈夫、だから」
ふう、とカインの大きなため息が聞こえた。そのまま放置はしてくれないだろう。セツカは身構えて、最後の抵抗とばかりに顔をこすった。
「そういう時のセツは、大丈夫じゃない」
ぐっと、強い力で、布団が引っ張られた。わかっていて、セツカも抵抗したが、しょせんかなわない。あっという間に、布団はカインに引っ張られてしまう。
「あ………………」
「やっぱり、」
云って、カインは布団を放り出して、セツカの目元に触れる。
もう、隠せなかった。
電気が点いて明るくなった中、顔をきちんと洗わなかったのもあり、布団の中での必死の抵抗も空しくなっているはずだ。化粧もきっとぐちゃぐちゃだろう。
現実逃避に考えてみるが、カインの瞳は真剣で、逃れられそうもない。
「なにがあった?」
真剣なまなざしに、強く心配そうな色が見える。引き込まれるように見つめながら、セツカは思う。
――なんで、兄さんがそれを聞くんだろう?
そう思ったら、また涙があふれてきた。
「………………セツ?」
困ったように、カインはつぶやく。
涙はずっと止まらなくて、セツカはしゃくりあげながら、云う。
「――カイン…兄さんは、アタシを、捨てるの?」
「え………?」
セツカの言葉に、カインの表情に驚きが走る。
「セツカ……………」
どこか呆然とした様子のカインを、しらばっくれていると判断して、セツカは叫ぶように云った。
「だって、次の仕事に、アタシを連れてってくれないんでしょうっ!?」
「そんなことないよ」
「ウソよ! だってアタシ、見たもの。兄さんの枕の下に隠してあった書類に『独居者専用のアパートメントを用意している』って、書いてあったわ!」
セツカの言葉に、カインの雰囲気が豹変した。思わずセツカが後ずさってしまうほどの、迫力だった。
「―――見たんだね?」
低い声音に、セツカは頷いた。その頃にはもう、兄と対峙する決意が出来ていた。
「ごめんなさい、兄さん……………でも、」
素直に謝る妹に、カインはもう剣呑な雰囲気を消していた。
「いいよ、怒っていない。ただ、親しい仲にも礼儀が必要なんだ、ということは覚えておいてくれ」
うなだれるセツカの頭を撫でて、カインは自分のベッドに向かった。そして枕もとを探ると、すぐにセツカのところに戻ってくる。
「この書類、…ああ、この箇所だね。ちゃんとよく見るんだ」
カインに云われて、セツカはカインが示すあたりの書類を覗き込んだ。そこには、アパートメントを手配した、という下にこう小さく書かれていた。
≪アパートメントの隣室も手配済です≫
「隣りの、部屋?」
確認するようにつぶやくと、カインは大きく頷いた。
「そう、セツの部屋だ」
「私の、部屋?」
最初に気付かなかった文面に、またセツカは目を戻した。
「ずっと2人でいただろう? 俺は構わないが、このままじゃいけないとずっと思ってた」
「どうして? アタシには兄さんしかいないもの」
「うん、俺にもお前だけだよ。でも、こんな風に2人でいてはいけない。次の仕事から、また拠点が変わる。そしてしばらくとどまるから、少しだけ、離れてみようと思った」
「兄さん…………」
「今度から、どこかでバイトしなさい。食事作るのも時々でいいから」
諭すカインに、セツカは首を横に振った。
「いやよ。兄さん、そんなこと云ってごはん食べないじゃない」
「心配でも、それが、今度から俺のそばにいる条件だ」
「――――っ」
兄は本気だった。
おそらく、カインのマネージメントだけしかしなかったら、離れていってしまう。
「俺の食事が気になるなら、食事の時間に合わせて、短い時間でもいい。もっと外に目を向けてくれ」
かなり譲歩してくれているのもわかる。セツカはしぶしぶと頷いた。
「いい子だ」
カインが珍しく笑んで、セツカの頭を撫でる。
拗ねて口をとがらせながら、セツカは反抗的に云った。
「…………でも、どんなにアタシの世界が広がっても、アタシは兄さんしか選ばないから」
そこだけは変えられない。
今の世界は狭い。けれどもカイン以上に優先する物事や人などいなかった。これからもそうだ。
そう云ったセツカを瞠目して見たカインが、セツカの身体を抱き寄せる。
「そうだね………これから変化していくセツが、それでも俺を選んでくれるように、俺も頑張らないと」
カインの言葉にセツカは笑って、カインの身体に身を寄せた。
――今度から、少し外の世界に出れば、兄さんに置いていかれないか、不安になるのも減るかな…………?
カインという居場所にしがみついて、そこから離れようとしなかった。でもそれが変わっていってしまう。
やっぱり不安だけれど、セツカはいつもカインを選ぶように、カインもセツカを選んでくれるための一歩だと思ったら少し楽になった。
――兄妹だからじゃなくて、今度はちゃんとアタシ自身を見てくれる、――それなら、がんばろう。
そしてカインの隣はこれからもずっと、自分が占めるのだと誓いを新たにした。
end 100415up
お題の最後なので、盛大にオリジナル要素を盛り込んで、ラブてんこ盛り(これでも)にして、終わりにしました。すみません、長さも含めてはしゃぎすぎました。20日に本誌が出て一番消す可能性が高いのはこれですよ。これ以外はどれから読んでも構わないようにしてあったのですが(多分)、一応集大成的な意味も込めて、これを最後に読んでくださればありがたいです。
蓮キョというよりまず兄妹萌えー!なところが来ているのがバレバレなセツカバージョンでした。敦賀さんもキョーコもそれぞれの生活や仕事があっての共同生活なのもわかってますが、「この兄妹が存在したらどうだろう」的な意味合いを強くして書いてました。カイン視点はうまくいきませんでしたが。兄さん駄目だよー。
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