【恵方巻の次は】

※ネタバレというより、時期的に作品がこの時期を迎えていないので、本編関係を受けての捏造になります


「あのう、皆さんは恵方巻食べますか?」
 行事のたびに、一応いちえは聞く習慣が出来てしまった。
 今も節分直前の夕飯の食卓。
 すると、内兄弟四人はそれぞれに顔をほころばせた。
 四兄弟の仮住まいに居候するようになって、半年は経っている。三男の竹弘は進路を反対、それ以外の兄弟は浪費を問われ、内家を追い出された。祖母を亡くし、住まいをなくし、住み込みの仕事を探すまで公園で野宿していたいちえを拾ったのは、去年クラスメイトだった三男の竹弘である。少し留まるつもりが、内兄弟の父親に居候を許されたのだ。
 皆はそれぞれ個性が強いが、容姿が整っているのと女性に優しいのは同じでいちえも例外に洩れず、優しくされている。
 けれども行事に関しては、自分だけが張りきってはいけないと提案をするが、都合などあるが、みな嫌な顔はしない。
「いちえちゃん、本当にマメだね。作ってくれるの」
 長男の梅久がいちえの頭を撫でながら云えば、四男の蘭丸がいちえに抱きつきながら、
「わーい、僕早く帰ってきて、お着替えするね?」
「着替えをする必要ないし、澤さんに飛びつくな」
 三男の竹弘が蘭丸をいちえから引き剥がし、冷静に云う。
「楽しみにしてる」
 ぼそっと云った一言だけだが、そのまなざしはまっすぐにしかも憂いを持っていちえを見つめてくるので、心臓に悪い。
「俺は、多分誰かのとこ行っちゃうけど、時間が合えばね」
 それが菊長の譲歩だと知っているので、いちえは笑って「ありがとうございます」とお礼を云う。菊長にそれ以上求めてはいけない。けど自分を気遣ってくれるからそれで十分だ。
 長男と次男が表情を変えた。それを竹弘が見る。
「ふふ、頑張って作るので、皆さんで食べるの楽しみにしていますね…………!」
「うん!」
 蘭丸は気付いた様子もなく、大きく頷いた。
 ――甘えてるなぁ……。
 行事のたびに、気分が高揚する。祖母とは時間もなく、あっさりしていたが、内兄弟と過ごす行事はゆったりと楽しい。だからつい、いちえも行事に気合が入る。あまりそれを見られると気を使わせてしまいそうなので、普通に装っているが、梅久や菊長には見透かされていそうな気もする。
 ――今回は恵方を向いて、食べるだけ。
 けれどその準備すらわくわくした。

 一人になり、竹弘はふう、とため息をついた。
 ――あの時の兄さんたちは澤さんに魅了されてた……。
 兄弟はそれぞれで、いちえを気に入っている。
 確かに頑張り屋で、家事も完璧で、その上特待生である。クラスメイトだった時は、特に関わらなかったから、知れば知るほど意外なことばかりだ。その彼女の弱点は、うまく甘えられないことだ。それは家族がそばにいなく、そして彼女の祖母が厳しくしたのもあるのだろう。この生活が長くても、彼女は自分たちにうまく甘えられないでいる。
 だからせめて、いちえが提案する行事には付き合いたい。
 節分を明日に控えて、竹弘は次の行事を考える。
 ――節分の次、は、建国記念日で……これは祝日でもさすがにやらないだろうから……。
「あー、バレンタイン……」
 思わず口に出し、天を仰いだ。
 今まで特に興味がなかった。今もそうだ、と思っていたが、どうやら違うようだ。そのことに気付く。
 思い当たった時に、とっさに考えたことをどうすればいいのかわからずに,竹弘はそっとため息をついたのだった。

 落ち着くために絵を描いて、夜もすっかり更けた頃。
 なにか飲もうかと席を立ち、いちえと行き合った。
「勉強してた?」
 問うてから、彼女が自身の部屋からは来ていないことに気付いた。方向が違う。
「ううん、明日の仕込をしてたの」
 案の定、いちえは首を横に振る。
「恵方巻の?」
 大きく頷いて、幸せそうに笑う。本当にこういう行事が好きだな、と思いつつ、竹弘は云うだけは云う。
「こんな遅い時間にしなくても」
「はは、勉強した後に、目が冴えちゃって、ついでに」
 多分本当のことだ。
「家事はあまり得意ではないけど、手伝うから云ってね」
 何度も云うから、いちえも聞き飽きているに違いない。けれどもそのくらい云わなきゃ、駄目だ。
「うん、わかった」
 微笑みながら答えるのに、竹弘はため息をついて、腕を壁につき、いちえの進路をふさぎ、彼女の顔をのぞきこんだ。
 目を大きく見開き、驚いた表情の中に怯えの色を見つけたが、もう引き下がれずに竹弘は云った。
「……澤さん」
「はひ……」
 案の定少し声が震えている。
「節分の次は、バレンタイン?」
 問いかけに、いちえは不思議そうな表情を浮かべ、頷いた。
「はい、そのつもりです。――あ、建国記念日っ!」
「あれは特になにかするわけないでしょ。……バレンタインは、チョコ作ってくれるの?」
 口に出すと、自分でおねだりしているような感じだ。実際はそうなのだが。
「え、と、あの、チョコは少しにしようかなって。内くん含め、とてもモテるから、チョコじゃない方がいいかなって……皆さんの好みを聞いて、他の物を作ります。皆さんにはとても感謝しているのですがこれでも、もう返し切れないんです」
 壁についた手が、拳を作った。それはいちえを抱きしめようとするのをこらえるためだ。
「――いいよ、返さなくて。それに俺はモテないから」
「いえ、そういうわけにはいきません、し、そんなことありません」
 予想通りの答えに、竹弘は笑った。
「内くん?」
「ごめんね、なんでもない。でも本当だから、俺はチョコがいいかな。他は澤さんの云った通りだから、俺はチョコだけにして?」
 云いながら、いちえの顔がどんどん赤くなっているのに気付く。もしかして無理して熱が出たのかな、と心配になる。
「う……はい、わかりました」
「うん。一日一個くらいでホワイトデーまで分くらいで」
「ええっ!」
「あれ、駄目だった?」
 竹弘の言葉に、いちえは思いきり首を横に振る。
「いえ。問題ないです。でも内くん、甘党じゃないでしょ?」
 口にして云ったことはなかったが、いちえのことだからバレていると思って、素直に頷いた。
「せっかく作ってくれるって云うから、食べてみたいんだ」
 竹弘の言葉に納得して、いちえは「がんばります」と云って夜も遅いが、いちえの申し出で二人でお茶を飲み、それぞれに部屋に戻った。
 そしてその会話の中で、竹弘はある決意をしていた。

 節分も兄弟四人といちえで楽しく過ごし、バレンタインも竹弘以外の三人はチョコ少しに好物というのは大変喜ばれた。実際彼らはいちえの予想以上にもらっていた。
 竹弘用のチョコは量が多かったので、他の兄弟たち分とは違って飽きないように何種類かの味を用意する工夫をしたが、喜んでくれて、味を褒めてくれた。
 そして、竹弘がいちえ以外のチョコを全部受けとらなかったことをいちえが知るのは、その翌日のことだった。end 110121up

恵方巻ペーパーより。一応この作品は布教したるぜっ的な気持ちが、おこがましいながらもあって…いただくメッセージなどでは認知されているのですが、まだまだ行くぜ!みたいな。やっぱり書くのは楽しかったです。いや他のも楽しいんですけど。