【扶養の条件】※いつもに増して捏造満載 うららかな休日。 ここに来た時は休日でも心が休まらなかった。4人兄弟が揃って、梅久も含め、家事に対してはまったくのど素人で、家のことを考えつつ、いかに出費を減らすかを考えるのは頭が痛い。なにせ兄弟たちの生活費は梅久の給与で大部分を賄わなくてはならない。 しかし、今は違う。 竹弘が公園で野宿していた元クラスメイトをこの家に連れてきて、彼女の境遇を聞き、この家に留まらせる決意を固め、父親に了承を、と思ったらその子を糧に、逆に条件を出された。 けれども、竹弘が云った通り、彼女の境遇を思えば、これくらいはなんてことはない。 逆に彼女が家事も請け負ってくれたから、梅久は安心して休日に好き勝手出来る。兄弟たちは自分も含め、いちえを揃って気に入っていて、菊長以外は外出の予定がない限りは家でまったりしている。そのおかげと、いちえの努力によって、家計は一気に切り詰められている。いちえの家事能力で、生活の質も上がった。 しかし彼女は、今まで梅久がちょっかいをかけていたような女性と違い、欲が少しばかり少なかった。その方向は梅久もどうかと感じる。 今はどうかわからないが、家を追い出される前の菊長もだろうが、梅久の周りには贈り物無心の女性が多かった。会社の女性に手を出していたことを指摘されていたが、彼女たちは梅久の肩書と財力しか見ていないようだった。互いに利用関係にあったののなにが悪い。 ――結構空しいけど。 減給され、家を追い出されたことに、少し距離を置かれた。もともと遊び歩くような関係でしかない。一時の快楽と配給、それで成り立っているだけだ。 だからこそ、いちえの存在は梅久にまぶしく見えた。 目的を持って、自活出来る歳になるまで懸命と生きようとしている姿に、兄弟はそろって胸を打たれた。そう態度には見せていないが、菊長辺りが一番衝撃を受けているだろう。 ――なんというか初心以前に戻らされている感じだ。 こういう人もいる、と家を出される前なら冷静に思ったけれども、なりゆきに成り行きを重ねて一緒に暮らすようになったらそんな風に思えなくなっていった。 ――まぁ、いちえちゃん限定だけど。 彼女くらい純粋だと、自分でなんとか養いたい、とさえ思う。 実際、そう思った。 竹弘が彼女を連れてきて、数日泊めたけれど、誰かの会話を聞いてか、いちえは家を出て行った。そういう無欲さを見てしまうと本当にたまらない気持ちになった。 結局、父親にそのことを報告し、彼女の卒業と引き換えに条件を出されたが、減給はそのままでも梅久は彼女を留まらせたかもしれない。 ――竹弘も、あの時は黙ったままではなかっただろうな。 あのいちえの言葉を聞いて胸を打たれたのは自分だけではなかったはずだ。 いちえの元クラスメイトで、彼女が野宿しているのを見て、尚あの言葉で心を動かされないとは思えなかった。 もっとも、彼女は住み込みのバイトを探そうとはしていたから、その意志は尊重しようと思っていたみたいだが。 ――まぁ、結果オーライだな。 住み込みのバイトを見つけたら、兄弟で気持ち良く彼女を送り出していた。それは絶対そうしてた。 けれども、父親に話そうと思った時から、梅久の中でも彼女を家に滞在させたい、と思っていた。住み込みよりは自分の家の方が安全だからだ。結果として、彼女がオーバーワークするくらいに家事に勉強に頑張らせてしまったが、そこは折り合いをつけてもらって、どうしてもの時は手伝うようにしている。そのくらいは当然だろうというくらい、本当に兄弟4人の時より、過ごしやすくなっている。 だから今日の休日、予定もないので朝食を食べた後、ゆっくりと時計を磨いていた。 この趣味はいつからだろうか。 学生の頃になにかのお祝いでもらった時だったかもしれない。 いちえが恐れ慄くくらいのメーカーの時計は、梅久をとても惹きつけた。 一つにかけた手間、そのくらい緻密に作らないと現わせない時があるのをあの時初めて知った。 おそらくそれまで使っていた時計も、安物ではなかったと思う。しかしやはりレベルが違った。そしていつからか、一つ二つと数を増やしていった。 ――その趣味も、今はお預けだけど。 持っている時計のすべてはこの家に持ち込んでいない。けれども使っているものや気に入っているものは、持ってきている。それらを磨きながらぼんやりと考える。 ――多分この時計一個で、いちえちゃんは独りで生活して、高校卒業出来るかもしれない。 そんな風に思う。 しかしその時計をあげるか、その分を現金にしても、いちえは喜ばないような気がする。そして拒否されるのだ。 はぁ、とシミュレーションして、いちえの傷ついた顔を思い浮かべた梅久はがくり、と肩を落とす。 付き合ってきた女性たちだって、利害関係と割り切った振りはしているが、それなりに情はかけていた。結局女性には優しく、がモットーの梅久が想像でも傷ついた顔をさせてしまったことに後悔してしまっていた。 「いちえちゃんだから余計に、なぁ」 彼女からあまりお願いをされたことはない。 する、と云ってくれたが、結局、本当のぎりぎりまで頑張ってしまうらしく、お手伝いの回数は1度くらいだ。それだけでも十分なくらい彼女は甘えてこない。 父親との談判はひそかに父が彼女を援助することも含まれているので、兄弟たちには云えないが、その分でいろいろ甘やかしたいと思っているが、なかなか一筋縄にいかない。バイトもしないでいるから、必要最低限のものは買えるようにしているのだが、それもいちえは自分からは云わない。服も結局、サイズが合う飽きた蘭丸のをわけてもらったのも、蘭丸が云い出したことだ。 「私、ですか?」 ためらうような声に、梅久は驚いて、時計を取り落としそうになる。 「わっ、――とっ」 「あ、声かけちゃってすみません。タイミングを計っていたんですけど……、」 それでも間違えたみたいです、といちえは肩を落として云う。 「構わないよ。俺もぼーっとしてたんだし」 力づけるように云うと、いちえは少し浮上したように表情を和らげた。そして云う。 「お昼の準備が出来たので、と云いに来ただけです」 「あ、うん。ごめん、これ磨いたら行くから」 もう少しというところで、思考がトリップしてしまったようだ。 あわてて、時計に意識を戻して云うと、いちえが頷いた。 「はい、では待ってます。――それで、梅久さん」 「ん?」 磨くのを再開しつつ返すと、少しためらってからいちえが口を開いた。 「私、なにかしちゃったんでしょうか?」 「え?」 そう云われると思わなくて、また手を止めて、いちえを見る。 「え、とさっき声をかけた時、『私だから余計に』って云ってたので」 盗み聞きしてしまったみたいですみません、と言葉を継ぐのに、梅久は首を横に振った。 「ううん。あ、でも、もうちょっと金銭的に助けさせてほしい、とは思ってるけど。こっちの理由でアルバイトはさせていないわけだし」 否定した後、すぐに閃いて云うと、いちえは少し困った表情をする。 「でもここにおいていただけるだけで十分ですし、食費も光熱費も梅久さんたちに肩代わりしてもらっているわけですし」 やっぱり本当に無欲なのだ。 梅久は感激したが、そこまで無欲なのもどうだろう、と考える。 「それでも家事を代わりにやってもらってるし、いちえちゃんの卒業を条件にいろいろ融通してもらっているから、大丈夫なんだよ」 「でも……」 それでもまだ迷っているみたいなので、梅久は抽象的だったか、と言葉を重ねる。 「たとえば、前におばあさんとお茶を飲んでいた時みたいに、今結構お茶を飲むよね。持ってたお茶っ葉ももうなくなると思う。そうじゃなくても、違う味を試してみたくなったり、そういうことに少しお金を使って。俺、それくらいの甲斐性があるはずだけど」 「そんな、梅久さんの甲斐性なんて、私を引き取っていただいた時点で十分ですよ」 「ありがとう。いちえちゃんはいい子だね。じゃあ、俺にもう少しいいところ見させてくれるとうれしいな」 「……考えて……おきます」 梅久はにっこり笑った。我ながらとても意地悪く笑ったと思う。 「駄目、許さない。そこは素直に『うん』って云ってくれないと」 純粋ないちえでも、梅久の笑みの意図には気付いたようで、少しひるんでから遠慮がちに頷いた。 「じゃ、あの、今度お茶っ葉、買います――――ありがとうございます!」 「いいえ。それからいちえちゃんが必要なものも俺がいろいろ買ってもいいんだけど、いちえちゃんが選んでくれた方がいいから、今度お金を渡しておくよ」 月いくらくらいが妥当なのかわからないが、彼女なら多分梅久の給料でも余裕で賄えるはずだ。 「はい……本当にありがとうございます」 これ以上追いつめたらさすがにかわいそうだと思い、梅久は彼女を解放することにする。 「じゃあ、もう少ししたら行くから」 「はい、いつ見てもきれいな時計ですね」 部屋を出ようとしたいちえが時計に目を止めて、微笑んだ。 「もっと近くで見る?」 「い、いえっ! あの傷つけたらとても困りますし」 初めからいちえはそんな様子だった。梅久は笑う。 「こうやって無心で手入れしたり、ねじ巻いたりしていると落ち着くんだ。ここに来てからいちえちゃんが来るまで、落ち着いて出来なかったけど、やっと出来るんだ」 「私が少しでもお役に立てたら嬉しいです」 「うん。十分役に立ってるから、せめてお小遣いくらいは出させて」 梅久の言葉に、いちえは目を見開いた。 「そういうことだよ。……ね?」 重ねて云うのに、いちえは顔を赤くして、泣きそうに目を潤ませた。 もう少し見ていたかったけれども、なにせ彼女の相手は自分ではない。もっとも自分でも構わないのだが、そういう面で一番疎く、だからこそ本気になったら厄介な弟とライバルになる気はない。 「ごめんね、引き止めちゃって。他の、待ってるでしょ?」 その言葉に、いちえも現実に気付いたようだ。 「あ、それでは失礼します」 「うん、俺もすぐ行くから」 梅久も時計を手に取ると、背中を向けたいちえが振り返った。 「待ってます」 ――俺のものにしてもいいかな。 ちょっとだけ考えたのは、誰にも秘密だ。 end 110209up 竹弘くん以外は本当にいちえかわいがりたい的な感じで書いてます。書きたいエピソードは触るだけしか出来ず活かせなかったのですがこれはこれでいいのかな。 |