「ハルくんは5月生まれなのか。もう少し早く会えて、この部に入ってたら、お祝い出来たのにね」
 そんな会話をするようになった時には、悠人にとって、この小日向かなでという先輩は特別になっていた。
 夏の部室での休憩時間。今日は部室には誰もいない。2人は待ち合わせて、練習をし、今は互いの手が届くところで、水分補給をしていた。
「いいんですよ、お祝いなんて。……子供みたいだ」
 初めて会った時から、マイペースでのんびり屋のこの1つ上の先輩は、悠人の心を揺るがすヴァイオリンの音色を持っていた。その一つ一つを信じられないと思ったり、短所と思われるところを本人に向かって怒っているうちに、気がつけば、特別な存在になっていた。
そうすると、この1つの年の差がとてつもなく大きなものに思えてきたのだ。
かなでの誕生日の話に、そう返しながらも、背中に汗が走る。
――先輩には云えない……!
毎年悠人の誕生日は、それはそれは賑わしいものになる。時折、新などが来ていると相当な大騒ぎで、なんというか誕生日会の趣旨を忘れているんじゃないかと思うくらいにすごい。幼い頃に参加した誕生日会というものとかなりかけ離れていたが、それでも悠人は気に入ってはいた。それでも、かなでと向かうと、そんなことはとても云えない。
「そう、かな? ハルくんが生まれてくれてうれしいって、お祝いしたくなるのは、年齢関係ないと思うけど」
「――――っ!」
 悠人は言葉を失った。その悠人の様子に気づかないかなでは、悠人に笑いかけて、継いだ。
「多分、もっと大きくなったハルくんに出会ったとしても、この出会いに感謝して、生まれた日を、私なりに盛大にお祝いしたい」
「〜〜〜〜〜っ!」
 ――もう、この人は………………!
 悠人は、がっくりと肩を落とす。
 もう完敗だ。元の体勢に戻りながら、悠人は笑う。
 ――来年は先輩も招待しよう。
 今は子供っぽいと馬鹿にしたから云いたくないけど、近い時期が来たら。
 来年、おそらく成人するまであの馬鹿騒ぎみたいな誕生日会は開かれるだろう。そこにかなでも招待しよう。
「じゃあ、先輩。今年は無理だけど、来年の僕の誕生日にはお祝いしてくれますか?」
 悠人の言葉に、かなではにっこり笑って頷いた。
「もちろん!」
 即答されたので、逆に悠人の方が戸惑った。
 ――こんな安請け合いして、ダメだったら、どうするんですか!
 思いながら、口を開いた。
「絶対ですよ?」
「うん。―――ふふ、うれしい」
 さっきよりも頭を深くして頷いて、それからかなでは笑った。
「どうしたんですか?」
 笑みが本当にうれしそうなので、思わず問うた。その笑みのまま、かなでが口を開く。
「うれしいの。来年の5月、ハルくんの誕生日を一緒に過ごせるって約束出来て。――だって、それまで、そばに居させてくれるってことでしょう。そういうのがね、うれしいの」
 その言葉に、悠人の中に生まれた衝動を、悠人は必死に抑えた。
 ――こんなところで、抱きしめたりしたら、榊先輩みたいになる……!
 それはぜひとも避けたい。
悠人にとって、特別でも、かなでにとってそうかどうかもわからないのに、そういうことは出来ない。
 だから、かなでから距離を置くように、立ち上がって云った。
「先輩は放っておけませんよ! これからも、ずっと」
 かなでを見ずに、チェロのもとに行くと、かなでの立ち上がる音がする。
「ホントに?」
「そうです! 先輩は、先輩なのに頼りなさすぎます」
 素直な気持ちは、いつも云えない。
 頼りない人を、放っておくことだって出来る。実際そうしている人もいるが、かなでにはそう出来ない。
「うん、だから、ハルくんを、年下には思えないんだ」
 素直に頷いて、かなでは云う。そして継いだ。悠人はかなでを見る。
「得意なことで、少しはハルくんにお礼したいけど、やっぱり誕生日には特別にお礼させてね」
 悠人はため息をついた。
「もう、そんな先でそういうこと云うより、今頑張ってくださいよ。…………で、でも、誕生日、祝ってくれるのは、……うれしいです」
 かなでの表情が明るくなって、勢い込んで云う。
「頑張って、お祝いする!」
「わかりました。あんまり期待しないで待ってます。それより、音を合わせましょう」
 云いながら、少し戸惑った。
 ――ああ、小日向先輩にもきっとわかってしまう。
 音は如実に、休憩前と変わっているだろう。ただでさえ、最近かなでによって、音がどんどん変わっていっているのに。
 それでも、聞いてほしいと思う自分もいて、悠人はチェロを構えて、かなでの合図を待ったのだった。
 end 100504up

 ハピバ、ハル! ぎりぎりぎり! 誕生日の話も考えて、軌道修正したんだけど、なんかぎりぎりになってしまった。修正しなくても変わらなかったかも。リリが生まれ変わって、恋愛出来るようになったのに、八木沢部長に持っていかれた私を許してください。