Seventh,July
年に1度だけ、2人が出会える日。
何故だか2人が一緒にいられるのは、大抵夕方頃。
もっと一緒にいたいけれど、優先するものがあるからそうなってしまう。けれど、それくらい遅くなっても会いたいと願う。
ゆっくりと暮れ始める陽は、出会った頃に比べれば、ずいぶん浅い。
「今日は七夕ね」
宵闇にはまだ浅い中、肩を並べて歩いていると、日野が空を見上げて云った。どこか弾んだように志水には聴こえる。
「ああ……そういえば、そうでしたね………年に1度、眠れる日でしたっけ? それは……難しいな………」
しかめ面で志水は口元に手を当てて、呟くように云った。本当に苦悩している。
「え、違うよ。年に1度はあってるけど。年に1度、彦星って男の人と織姫って女の人が会える日なのよ」
日野が苦笑して訂正すると、志水はひた、と日野を見つめる。
足はとっくに止まって、息も止まりそうな張りつめたものが周囲を包んで、日野が困ると、志水がその空気をやわらげて呟く。
「それも難しいです」
日野に会えないのは、淋しいとかそういう気持ちで現せるものでなかった、想像するだけで怖かった。
志水の言葉に一瞬目を見開いた日野は、頬を赤らめながら、きっぱりと志水を見つめて云う。
「私も嫌。桂くんに、毎日でも会いたい」
聞いた志水は、にこりと笑った。
「僕もです」
日野も、笑い返した。
夕方にもなると暑さが多少引き始めて、心地よい風が2人の間をそよいでいく。
腕を伸ばして、日野は風を浴びながら云う。
「うーん、気持ちいい。日中は暑かったからなあ、体育もあって最悪。ずいぶん汗まみれだったわ」
着替えたけどねー、と制服の上を引っ張る。
「なにやったんですか?」
「バレーボール。水泳だったら良かったのに」
「僕はやったことないです」
志水の言葉に日野は驚いたが、すぐに思い直す。
バレーなんて音楽科でやるはずがない。手も痛めるし、それは彼らにとって、良くない。
日野もやってる場合ではないのかもしれないが、そこはまだモラトリアルでいるので、その間くらいは構わないと考えている。
そう考えていたら、ふと影がさす。
見上げるとすぐそばに志水がいた。
「――どうしたの?」
そっと日野の頬に触れた志水はおだやかに日野を見つめ、口を開く。
「さすがに……もう汗の跡はないですね」
「う、うんっ、体育の後、顔洗ったし、消臭スプレーなんかもガンガンかけちゃって………それでも少し、汗、くさい、気が、する、けど」
まっすぐ見つめられて、なにを云っているのかわからなくなってきて、云いながら云ってはいけないようなことを云ってしまったのではないか、と思い返し、言葉が切れ切れになる。
ことん、と志水の頭が日野の肩口に降りてきた。
「………いつもの、せんぱいの匂いです」
言葉に、どうしてその動作をしたのかわかって、日野は頬が赤くなり熱くなった。
「こ〜ら〜〜〜!」
普段は押し返さない(というか出来ないのだけど)日野はさすがに志水の頭を押し返した。冗談の力の入れ方でも志水の頭はあっさり日野から離れたけれど、あんなに恥ずかしかったのに、離れる瞬間、淋しいと思ってしまう。
「………嫌でした? ごめんなさい」
素直に謝る志水に勝てないなあ、と思いつつ、日野は首を振る。そっと志水を見上げて、小さく云った。
「い、いいんだけど、恥ずかしくって………私の方こそ、ごめん」
志水は優しい笑みで返す。
やわらかく流れる2人の時間を、笹を持った親子連れが横切る。
それを見つめて、ふと日野は問うた。
「ね――もしも、私たちが1年に1度しか会えなくなったら、会えた時、桂くんは私となにをしたい?」
志水は目を見開いて、それからうーん、とうなりつつ考え込む。彼にしては珍しく考えた後、まだうなりつつ答えを出した。
「うーん………合奏、したいです」
志水の言葉に日野は笑む。あまりに彼らしい。
「僕は話すのがうまくないし、時間も限られているから、きちんと音を合わせたら、1年分の会話や出来事をすべて知ることは出来ないけど、その時の先輩はわかるから………元気とか、体調が良くないとかそういうのがわかってから、残りの時間を過ごす方法を考えたいです」
考え考えながらいつも以上にゆっくり語られる言葉に日野は驚いた。
「本当は1年に1回しか会えないなんて、嫌ですけど………でもそうなってしまっても僕の想いは、せんぱいが好きっていうのは変えられないから………それなら、1年のうちの1日だけ一緒にいられる時間、せんぱいも僕も楽しく過ごしたいんです。残りの日は僕はせんぱいのことを想ってるから、その時に楽しいせんぱいを思い出せるように」
日野は志水を抱きしめた。そうせずにはいられなかった。
志水は一瞬驚いたが、うれしさに日野の背に手を回した。
「また、合奏しよう? 明日会った時でもいつでも。」
かすれているのにはっきりとした言葉に応えるように日野に顔をうずめて、志水は頷いた。
「はい。先輩と合奏するのはすごく………楽しくてうれしくて、自分の音が増えていくような気がします」
志水の囁きに日野は顔を上げて微笑んだ。
「私も……楽しくて、うれしい」
2人は微笑み合う。
「そういえばせんぱい、今日は汗くさいんじゃなかったですか?」
背に回した手に力を込めて、志水が云う。
「あっ、――桂くんの意地悪っ!」
今度は引き剥がさずに、軽く睨んで云うと、志水の手に従うようにそっと身を寄せた。
晴天のまま、暗闇に覆われた空に星が瞬き始める。
年に1度だけの逢瀬を楽しんでいることだろう。
end
|