【女神の選択】捏造満載。

 貴女が、どちらの世界を、ではなく、誰を選んだかということ。

 平和を取り戻した世界は、争いもなく静かだ。
 だからといって結成された組織がすぐに解散になるわけではないし、消滅した世界がいつ復活するかわからないので、戦闘要員は訓練を繰り返しながらも、『その日』に備える。
 甘粕もその一人だった。
「平和なんて、訪れてもかりそめのものでしかない。人は2人いれば、争いは起きてしまうのだから、」
 そう云ったのはもう長官ではなくなった石寺だ。
 赤の世界が消滅した、と聞いた時、まっさきにその言葉が浮かんだ。
 ――青の世界だけでも、争いがないわけではないのだ……。
 赤の世界との戦いにおいて、第6戦闘ユニットの教官の引き渡しを要求したのに、大多数の人々は「差し出せ!」と迷うことなく云った。
 ユニットの5人も、自分やオペレーターたちもそれに異を唱えた。
 ただ当の本人は彼らに対して、笑顔で差し出されることを望んだ。
 ――ああいう人だからこそ、だから――自分たちは引き止めたかった……………!
 あの日の悔恨は、次に活かしていく。もともと参謀的な考えを持っている。平和を楽しみながら、その日に備えて考えをめぐらすことなど訳もない。
 ――けれど、不思議なものだな…………。
 雲ひとつない青空、ユニットのメンツが「海水日和、バンド日和!」とでも云いそうだ。甘粕の向けた視線の先に海が見える。
 ――自分も、この空も海も、消えていたのかもしれないなんて―――。
 まぶしい陽射しに暑さを感じながら、生きてる、と思う。
 事の顛末を聞いて、まさに紙一重だったかもしれないと思った。その時から、甘粕の中でそう思うことが多くなった。
 教官は優しい。戦闘員はもちろん、サブスタンスにも、自分たちにも。
 だから、結果的に誰を選ぶかなんて、誰にも予想なんて出来なかった。あの引き渡しは、そのための手段であったのか、とようやく納得がいき、そしてぞっとした。
 腕をつかむその感触を確かめるように、自分が今存在することを感じる。
「甘粕くん? 風邪、引いた?」
 不意にかけられた声に、弾かれたように、そちらを見る。その動作に驚いたのか、目を見開いた小柄な少女が立っている。
 先ほどまで、甘粕が考えていた教官のアキラであった。見開かれた目が、自分でつかんだ腕に向けられていて、そして問われた言葉を思い出し、甘粕は腕から手を離して云った。
「……すみません。少し考えごとをしていただけで、風邪ではありません」
 そう云い繕ってから、アキラを見て、「なにか用ですか」と訊ねる。するとアキラは後ろ手に持っていたファイルを出して、そこから顔をのぞかせた。
「そう? それならいいけど。あのね、午後からの訓練なんだけど……」
 アキラが語り始める前に、甘粕はアキラの手からファイルを奪った。
「……貴女はもう少し休んだ方がいいです」
 今はまだ昼の休憩時間だ。甘粕は残り時間を持て余すように散歩していたが、それは世界と自分を確認する作業であり、それもやはり業務に近いのだが、しかしこれは自分を保つためであるのだ。
 そんな自分とは異なり、アキラはまっとうに仕事の話を持ってきた。
「え。あっ、ごめんなさい! まだ休憩時間だったわね」
 あわてて踵を返そうとする腕を捕まえる。5人、いや6人の命と世界を守る任務を背負った彼女の腕の細さに驚く。
「すみません!」
思わず手を離してしまう。すぐに追いかけなくては、と思ったが、アキラは戸惑ったように足を止めた。
「……大丈夫」
 戸惑うような言葉に、心をざわめかせながら甘粕は咄嗟のことに落ちたファイルを拾って、アキラに渡す。
「ありがとう」
「僕は補佐官でありますが、メンテナンス主任でもあるのです。その対象は機材だけではなく、メンバーもそうなんです」
 教官だけではない。他の人間にも甘粕は常に気を配っている。
「あ…………」
「平和に溺れろなんて云いません。多分僕たちはそこに甘んじてはいけないのですから。けれども、せめて休憩時間はゆっくりしたり、寝る時はちゃんと寝たりはしてください」
「甘粕くん……」
 終焉の時までだって、彼女は無理をし続けた。無理を無理と思っていないけれども、身体が悲鳴を上げていた。そばで見ていて、痛々しかった。これを繰り返したくなかった。
 ――貴女のいないこの世界に、僕も意味はないと思ってますから……。
 その想いを告げる日は来ない、だから甘粕は別の言葉を使った。
「僕の休憩時間はこの際気にしないでください。――けれど今度、なにかある時はまったく予告なく来るかもしれません。その時に、倒れていたら駄目なんです。それはわかりますよね」
「うん……」
 ファイルを両手で抱えて、アキラはうつむいた。
「貴女ほどの能力はないかもしれませんが、僕も手伝えることがあれば、手伝いますから。お願いですから、独りで抱え込まないでください」
「ありがとう――甘粕くんは今でも充分、やってくれてるから」
「それでも、貴女がもっと、って頑張るなら付き合います」
 彼女がこんなに細い身体で熱心に頑張っているならその手伝いをすることは厭わない。
「了解であります、主任!」
 わざと敬礼のポーズをして云うのに、甘粕が笑った。アキラも微笑んでから、甘粕を見た。
「それで主任、ひとつお願いがあるのですが」
「なんでしょう?」
 そろそろ敬語はやめてほしいと、常に教官に敬語を話す甘粕が思って問い返すと、アキラは予想だにしないことを敬語で云った。
「5分だけ、肩を貸してくれないでしょうか?」
「肩、ですか?」
 願いの意図を測りかねていると、アキラが少し云いづらそうに言葉を継いだ。
「やっぱりちょっと休息が欲しいかなって思って、早速で悪いんですけど……」
 それでようやく思い至った。
「構いませんよ」
 云って、二人はそばにあった日影のベンチに座る。
「お邪魔します」
 アキラの言葉がして数秒、甘粕の肩に遠慮がちにアキラの頭がもたせられる。
 ――もっと、全身かけて構わないのに……。
 思ったがすぐに重くなったので、アキラが眠ったのがわかったし、そういうことを云える立場でないのもわかったのでなにも云わなかった。
 海のすぐそばの場所で、施設からも少し離れているので、静かだ。
 ――女神は、一つの世界、もとい、ただ独りを選んだ。
 その結果が今だ。
 世界が存在し、自分が生きていて、そしてその事実がある。
 彼女が誰を選んだか、甘粕は知らない。注意深く見ていても、わからなかった。
 ――5分じゃなく、10分にしよう。
 甘格は彼女が起きないように時計を見て思う。そのくらいの休息は許されるはずだ。いや摂らなければならない。
 誰を選んだか、甘粕はまだ聞く勇気もなく、そうしているうちにいずれ知ってしまうのだろう。
 しかし、こんな風に、もたれかかられるその重みは、生きている証であり、これからもひそやかに彼女を想い続けることを許されたことを甘粕は幸せに思った。
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 ノマエンドがあるなら、の妄想なので、アキラは実は選んでいないってな話なんです。