【恋は、遠くにある花火】

 ここは、最果ての深淵。
 けれどもグランバッハにとっては、安住の楽園だった。

 普段は独りだ。
 しかし今日に限っては客がいた。少し動けないようにしてあるが、
「ようこそ、私の砦へ」
 グランバッハは努めて優しく云った。しかし客の表情はまだ強張ったままだった。
 ――久しぶりにお会いしたのに。
 以前、彼らの云う学園祭へ、彼女に会いに行った。それから半月くらい経っている。
「こんなところへ連れてきてどうするの」
「私たちは愛し合うのです」
 不快そうに眉をひそめる客に、グランバッハは丁寧に答える。
「愛し合う? まだ、恋もしていないのに?」
 そういうプロセスだったか。
 グランバッハは初めて気付いた。なんにせよ、客人である彼女の気持ちがこちらに向けばいいのだ。グランバッハは云い直した。
「それならば恋に落ちるところから始めましょうか」
「始めましょうかって、夜寝ているところを奇襲されて、連れてこられたのに、恋だの愛だのなんて笑わせるわ」
 吐き捨てるように彼女は云った。
「正論ですね」
「それに、私もだろうけど、あなたも、恋とか愛とかわからないんじゃないかな――少なくとも、私にはわからない。言葉としてならわかるけれど」
 正直に云われて、グランバッハは彼女にますます好感を持った。
「そうですか。――そうですね、私にもわかりません」
「それなのに、恋や愛を実践出来るわけないじゃない」
 グランバッハも正直に答えたのに、逆手にとって、彼女は反論する。
「それを可能にするために、連れてきたんですよ」
 その言葉に、彼女は逃げるのをあきらめたようだった。
「そう。――でもね、私、本当にわからないの」
 大きくため息をついて、
「恋とか愛とかが?」
「ええ。そうよ。本は読んでいるから、どういうものか知っているわ。だけど、そういう感情がわからない。私には理解出来ないの」
「そうですか」
 それでもグランバッハはなんとか出来ると思ったが、彼女はそうではないらしい。
 ――それくらいでなくては、女神にはなれないか。
 定めたのは自分たちだ。しかし最高の人選かもしれなかった。
「あなたもわからないのに、二人でどうやって恋したり、愛し合ったりするの」
「貴女はなかなか手強い」
 グランバッハはうれしくて、笑った。
 そう、彼女がこのくらいでなければ、ゲームは面白くないのだ。
「手強いんじゃなくて、わからないのよ。わからないものは、実践出来ないだけ」
「けれど、ライダーを指示出来ていますよね。貴女はライダーになれない」
「〜〜〜〜っ! ――嫌なこと云うのね!」
「気分を害しましたか。申し訳ありません」
「……そこまでは、怒っていないけど……でも私、あなたとは恋愛出来ないわ」
 急に怒りを鎮めて、彼女は冷静に云った。それからなにか思い出したのか、グランバッハを見て云う。
「それに、私、あなたに名前で呼ばれていない。敬われているのかもしれないけど、覚えられていないなら、あなたを振り切って逃げるわ」
 それは今、云うことだろうか。
 よくわからないが、グランバッハが彼女の名を知らぬはずがない。彼女が思うよりずっと長いこと、彼女を取り合っているのに。
 けれども、こんな風にしたのは初めてだった。それは今回のグランバッハの思いつきである。
「これは失礼しました。――アキラ」
 虚を突かれたように、彼女の眼が見開かれる。頬がほんのり朱色に変わっていく様がなんとも云えない、とグランバッハは思う。
「あ、あなたは……グランバッハ、だったっけ?」
 一回の出会いを、彼女が覚えてくれていた。そのことがグランバッハの胸に今までにない甘酸っぱい気持ちを運んでくる。
「ええ。覚えていてくださって、うれしいです」
「そんなに忘れっぽくないわ」
 それからぽつりぽつりと会話を交わした。
 もっと早くこうすればよかった。
 彼女との会話を楽しみながら、グランバッハは思ったのだった。
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神様が降ってきたので書いてみたけれども、甘粕以上に捏造にしないといけない人でした。まだインシデンツ聞いていないのに、走ってどうする、と思いました。