【きみが眠るまで・アルバロ編】


 今日の休日は好天に恵まれた。
 ――確かに、いいお天気、だけどね……。
 思いつつ、湖のほとりで向かい合う人物を見つめる。
 彼女に引っ張られるようにここに連れて来られたというのに、当の彼女は喋らない。
 ――というか、しゃべれない、よね、この状況。
 アルバロの手をつかんで離さないものの、彼女の目はつむられていて、頭も上下に揺れている。
 ――こういうの、見てて面白いなんて、俺も焼きが回った気がする……。
 自分の人生は物心ついた時から闇に覆い隠されてきた。そういうのも悪くない、とその中で楽しむようになった。その楽しみの中のこの学校生活で、まさか自分とは真逆なのに、アルバロが今まで出会った誰よりもなによりも面白いものに出会えるとは思わなかった。
「………」
 しかしそろそろこの沈黙を壊したくなってきた。
 掴まれた手に、自分の手を重ね、彼女の顔の前に近づき、耳元で囁いた。
「俺の前で眠いんだ。いいけど、いいの?」
 甘く囁いたつもりだったのに、ルルの反応は極めてにぶい。うっすらと目を開けて、何度か頭を振りながら呻くように云う。
「……う……でも、眠い、…わ」
 云いつつもまたもまぶたが落ちそうである。
 ――たらしこむとかいうけど、自分はたらしこまれないんだな。
 変なところに感動しつつ、さらに重ねる。寝起きでもなんでもこんな風な反応する女は初めてだ。
「こんなに可愛い目を赤く腫らして、俺以外になにが君を悩ませてたの」
「ヴァニア先生の課題………」
 目をつむりながら、ルルはぼんやりと答える。
「あー、なるほど」
 思い当たる節はあったので、アルバロは納得したように頷いた。
 するとルルの目が開いて、じろり、とアルバロを睨む。
「聞いても教えてくれなかったくせに」
 確かに昨日、少し聞かれたような気がするが、面倒くさかったし、手を貸さない方がおもしろい結果になるのがわかっていたので、断ったのだ。
 ――主人を甘やかさなきゃいけないなんて、法もないしね。
 今だって十分に甘やかしている。休日一緒に過ごしたい主人のためにわざわざ玄関ホールまで来て、こうして湖のほとりまで連れてこられたのだ。これが甘いと云わずして、なにを甘いという。
「まぁね、ほら、勉強は自分でやらないと身につかないし」
 しれっと云うと、ルルの眉が上がった。
「……こういう時ばっかり………!」
 触れたらキスしそうな距離まで近づいて、アルバロは誘惑するように囁く。
「眠ったら、俺が君にしたいことしちゃうよ」
 戸惑う表情でルルが問う。
「したいことってなに?」
 アルバロはにっこりと笑って答える。そうしてルルのマント越しに背中に触れる。びくん、とその背が跳ねる。
「ほら、俺欲張りだから、キスだけじゃなくてもっと先に進みたいわけ」
「―――っ! ……困る」
 即答も予想通りで、アルバロは返した。
「それなら、俺の前で気を抜いちゃダメだよ」
 ぐぐ、と悔しそうに呻いてから、ルルは少し考えるようにして、それから表情を変えた。
「そうね……でも私、これからずっとアルバロのそばにいるんだよね」
「うん、そうだね。決定的ななにかがない限りはそうなるね」
 そう答えてみるが、多分一生一緒にいるような気がする。アルバロがアルバロでいる限り、ルルがルルでいる限り。
 ――契約がなくてもそうしたいなんて絶対云わないけど。
 アルバロの答えに、ルルはにっこり笑って頷いた。
「だったら、私、途中で気が抜けちゃうかも」
「え?」
 まさかの言葉にアルバロの目が少し目を見開いた。
「だってそうでしょ。アルバロには気の抜けたところ見せたくないけど、アルバロは私を殺したいわけじゃないもの。そこは信じてるから、だからいつか気を抜いちゃうわ」
 重ねるように云われて、アルバロはニヤニヤとルルを見つめる。
「ふうん」
「そうね、だから今気を抜いても、いいかなぁ………」
 そう云われるのがわかって、アルバロはにありと笑って返した。
「眠っちゃったルルちゃんになにしてもいいの?」
 するとルルも負けじと笑顔で返した。
「嫌だけど、無反応な私をどうにかして、アルバロが楽しいの?」
「――っ!」
 その返しは予想がついていなかったので、アルバロは虚を突かれる。そのすきにルルはアルバロの背にもたれて、楽しそうに云った。
「ふふ。じゃあ背中貸してね。おやすみなさい!」
 すぐに寝息が聞こえて、アルバロは彼女を揺らさないようにそっと笑ったのだった。
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 タイトルをおまえにするかで悩みました。どっちにも悪意はなくならないので、好きな方で。殿下と同じ日アップですが、アルバロがラスト、です。これでワンド主要一通り〜。イメージカラーが見づらかったので、殿下の色も変えて、この色にしましたが、五十歩百歩な感じです。