【君が眠るまで・ノエル編】

 今日の休日は湖のほとりへやってきた。
 ――なんとなく人のいないところで2人になると落ち着かない気持ちになるのだが……、彼女は違うのだろうか。
 もちろん2人でいるのは好きである。
 ノエルとルルは晴れて恋人同士になったのだが、けれどもその名称も、実際の関係もノエルには戸惑うばかりである。
 今も、繋いだ手が少し困っていた。
 ――僕はどういうタイミングで、彼女の手に力を込めたり、いかに彼女に傷つかないように振りほどいたりすればいいんだ…………!?
 どこかが触れ合っているのはひどく落ち着かない。けれどもそういうことが嫌なのではなく、本当にどうしていいのかわからないのである。だからルルの話を聞き、自分の話をしながら、その手ばかりが気になってしまうノエルであった。
 ふと、沈黙が落ちた。
 ――き、気まずい。
 そういう場の乗り越え方にはかなり不得手なので、ノエルはパニック寸前である。
 ――普段通り、普段どおりって―――えーっとどうすればいいんだ!?
 静かにパニックに陥っている。
 その時、ルルの手が強く、ノエルの手を握りしめた。
「〜〜〜〜〜っ!」
 悲鳴を出したら絶対にルルが傷つく、と思い、そこはこらえた自分をこっそり褒めるが、要は驚かなければいいだけの話である。
 その手はノエルの心臓をよそにすぐに力が抜けた。
「………?」
 少し不思議に思って、ルルを見る。するとけだるげに自分を見つめる瞳に出会い、ますます鼓動が速くなる。
 そのくちびるは物憂げに動いた。
「ごめんね、ノエル」
 突然謝られて、なにかに引き込まれそうになったノエルは我に返る。そして平静を装い、問う。
「どうしたんだい、改まって」
 それにルルはうなだれるようにして云う。顔が見えなくなって、この場は安堵する。
「うんとね、今日のために、昨夜課題徹夜で頑張っちゃったの。……それでね、」
 途中まで聞いてノエルには事情がわかった。だからその後云いづらそうにしているルルの言葉を引き取った。
「眠いんだね」
 申し訳なさそうな表情で、ルルがノエルを見た。
 けれども反対に、ノエルの心はあたたかくなる。
「………うん」
 少し泣きそうに顔をゆがめて、ルルが頷く。
 ――もう十分だ、ルル。
 課題を徹夜でやるということは、今日のための時間を作るために奮闘したことに他ならない。迫られるとやはりたじたじになるのだが、こういうけなげなところは思わず抱きしめそうになるほどいとおしい。
 だからノエルは諭すように微笑んで、云った。
「君が今日のために頑張ってくれたって気持ちだけもらうよ」
「ノエル?」
 ルルは首を傾げる。しかしノエルは言葉を重ねた。
「今日は部屋に帰って眠るんだ」
 自分との時間を作るために努力したかわいい恋人に今すぐ休息を与えるためだ。
 しかしそこでうれしそうな表情をすると思った恋人は、きょとんと眼を丸くした。
「――え?」
 その反応は予想外で、ノエルは驚くより先にルルと同じように目を丸くして、首を傾げた。
「……え?」
 しばし沈黙が流れる。
 その沈黙を面白そうに笑って、破ったのはルルだった。
「違うの、少しだけ眠りたいの。眠いとノエルがいろいろ気にするかなって思って」
 木を使わせて申し訳ないと常々思うが、ルルの云う通りなので、反論せずにノエルは頷いた。
「そ、そうか」
「それでね、ノエルに肩を貸してもらえないかなって」
 重ねられた言葉に、ノエルはひっくり返りそうになった。
「ひぇっ?」
 裏返った声にもルルは動じず、ノエルに身を乗り出すようにして、重ねる。
「ダメ?」
 眠気のためか、潤んだ瞳が、ノエルの中のいろんなものを奪う。
「い、いやダメではないが、……ってルル!?」
 たじたじになって、了承とも云えなくもない言葉に、ルルは安心したように息をついた。
「ごめんなさい、もう限界……」
 ノエルが目を瞬かせる間に、ルルはもうノエルの肩に自分の頭を預けて、すぐに寝入ってしまった。
「…………」
 呆然として言葉も出ない。
 しかしほんの少し落ち着いた頭で、ノエルは少し体勢を変えて、ルルが寝やすいようにする。普段よりもかかる体重が彼女が寝入っていることを証明している。
「まぁ、いいか」
 云いながら湖を眺めてみたものの、ルルの寝息や目線を落とすと間近にある顔にノエルの心臓は慣れずにすぐに暴れ出してしまう。
眠るのは構わないが、その近すぎる距離に、ルルが目覚めるまで戸惑うノエルなのだった。
end 110218up
 

 ノエル編です。うはー、楽しかった! しかしノエルルは私の中で目指すものがあって、それはなかなか難しい罠、です。へたれは大好物だ!