【強引で、でも】

「ん? どうした、ヨシュア?」
 その声はいつも絶妙なタイミングでかけられる。
 今日もそうだった。
 一人、さっさと食事を終えて、部屋に戻ろうとしたヨシュアはびくり、と身体を強張らせる。
 声をかけた当人は無自覚の気まぐれなのかもしれないが、ヨシュアにしてはいつも絶妙なタイミングで声をかけられる。
 ――どうしてわかってしまうのだろう?
 だから、振り返れない。
 平静な振りはうまくない。今まで必要なかったから。
 ずっと父親以外の前では、自分を通して生きてきた。父には逆らわないだけで、感情は隠さなかった。感情を隠さなくても、自分の意思は無視されたから、偽る必要はなかった。
 ――この艦に乗るようになってからだ………。
 功績を上げたかった。
 早く一流のエースパイロットになって、父に認められたかった。
 しかし、ある意味実戦は初めてで、訓練のようにうまくいかないことばかりで、虚勢ばかり張っていた。
 他のパイロットの二人を認めたくなかったが、自分より上だと認識するようになっていた。だが表面で認めるのが嫌で、意地を張って、艦ごと迷惑をかけた。
 そこからヨシュアは変わった。
 そして気付いたのだ――ルシオの、気遣いに。
 感情に任せて動いてばかりだったヨシュアが、少しずつ周りに気遣い、自分の感情を隠すようになった。
 しかしそれに気付いて、ルシオはいつもヨシュアに声をかける。
 隠しているのに、気付かれるのが恥ずかしかった。
 隠すのも初めてなら、それに気付かれるのも初めてで、どうしていいのかわからなかった。
 だからぶっきらぼうにルシオを振り払った気がする。
 けれども、ルシオはまたヨシュアがちょっとマシンの状態が良くなくて、機嫌が悪い時に、声をかけてきた。
「…………なんで、そんなことを聞く?」
 せっかく自分が隠しているのに気付くな、と勝手なことを思いながら、ヨシュアがルシオに向き直って云い放つと、ルシオが目を丸くする。そして「うーん」と唸って、答えた。
「多分、いつもと違うから?」
――違わないようにしているのに、なんでだ?
さらりと云われた言葉に、ヨシュアの自尊心は傷つく。
自分ではうまくやっているつもりなのに、まったく意味を為していないのか。
大きくため息をつくと、ルシオが困ったように云った。
「もしかして、ヨシュア、これ、気付いちゃダメだった?」
 ――それすらも、ヨシュアの自尊心を傷つけていることに、この男は気付いているだろうか……いや無理だろう。
 ヨシュアはもう一度ため息をつき、そして云った。
「…………もういい。俺は部屋に戻る」
 付き合っていられないとばかりに、ヨシュアは部屋に戻ろうと足を踏み出した。
 何回かそういうやりとりがあって、いつもそんなふうにうやむやに終わらせてしまう。
 そうしないと自分がおさえられない気がした。せっかく変わろうと思ったのに、ここで激昂しては意味がない気がしていたので、そういう方法を取ったのだ。
 今日もそれで終わるはずだった。
 しかし、ルシオは終わらせてくれなかった。
「え、ダメ」
 云って、ヨシュアの腕をつかむ。
「――――は?」
 予想外の行動に出られて、ヨシュアは固まった。
「ヨシュア、最近、怒らなくなったけど、いっつもそうやってはぐらかすよね? だから、今日はダメ」
 拗ねた口調は、二つ上とは思えないほど幼い。けれども、ヨシュアはそれどころではない。
「はははは離せっ!」
 ぶんぶん振り払うが、ルシオの手の力は弱まるどころかますます強くなる。本気を出せばいいのだが、なんとなく出来なかった。
「――今日はどうしたの? それ教えてくれたら離す」
 まっすぐな、ルシオの瞳。
 その瞳はなにをも逃さない光に満ちていて、ヨシュアは心の中で白旗を上げた。はあ、と大きくため息をつくと、それでも云いにくそうに口を開いた。
「――――――ヨシュア機の調子が悪かった…………」
 恥ずかしさに、顔を逸らして吐き出す。
 少しして、ヨシュアの頭になにかがふわりと触れる、それはじょじょに強くなり、感触がルシオの手だと知る。
「こ、子供扱いするなっ!」
 身体ごとずらして、ルシオの手から逃れようとするのに、ルシオは不思議そうな表情で問う。
「そんなつもりはないよ? これはドンマイって意味」
「で、でも、……れ、レイシェンに頭は撫でないだろう?」
 苦し紛れに云うのに、なおもヨシュアの頭に触れようとしたルシオの手が止まる。
「そりゃあ、レイシェンさんは大人だし、―――いやそれ以上に、背が届かないよ」
「そうか…………って、なら、俺もレイシェンと同じ扱いにしろっ!」
「えー、でも、ヨシュアとレイシェンさんは違うじゃないか」
 からから笑うのに、カチンと来る。
「なら、子供扱いするな」
 今までのヨシュアなら怒り狂っていただろう。確かに怒っている。怒っているのだが、ルシオはヨシュアがどんなに怒っても、スポンジが水を吸い込むように、意に介さないので、怒っても仕方ないと思う気持ちがあって、最近は怒りきれない。
 少し考えるようにしたルシオが、ヨシュアの頭を包み込むようにした。
「んーわかった。…………じゃあ」
 云って、そっと触れた。
 ルシオの行動の意味をヨシュアが考える間もなく、ルシオはすぐに離れた。
 目を白黒させているヨシュアに向かって、ルシオはにっこり微笑んで、云った。
「大丈夫、明日はきっとうまく乗れる」
「〜〜〜〜〜〜っ!」
「おっと、行かなきゃ。またな、ヨシュア」
 ふるふると身体を震わせるヨシュアに気付かずにそう云って踵を返すと、ヨシュアはその場に残された。
「る、ルシオ〜〜〜〜!」
 恨みがましく唸るが、もうこの場を離れてしまったので、叫べないで、ヨシュアはルシオに触れられた部分をおさえて、その場にうずくまった。
 そこからじんじん熱が広がっていくような感じがする。
 ――これだって、おまえ、レイシェンにはしないだろうっ?
 触れられた頬が熱い。
 そしてルシオは、手ではなく、そこにくちびるで触れたのだ。
 ――なんで、こんなことをするっ?
 それは次――きっと明日には会えるだろう――に聞きたいところだ。
 だけど、一番不思議なのは、嫌がりながらも頭を撫でられ、頬にキスされ、心臓は早鐘を打っているが、なぜか気持ちが落ち着いてしまった自分だ。
 ――明日、問い質してやる!
 そう心に決めながらも、聞けないのは別の話である。

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