※2010年のカレンダーでの話です。



 今年のバレンタインは日曜日で、お祭り好きの団長の涼宮ハルヒコがイベントの日に食いつかないわけはなく、それは日曜祝日、休み中、全然関係なしで、集合することは決まっていた。
 女子は心のこもったチョコレートを用意すること、という命令のもとに、土曜日に古泉と彼女の家で作ることになっている。集合をかけられるのも早かったので、すでに材料類は購入してあって、古泉の家にある。
 金曜日、キョン子は部室に入ると、そこには長門だけいた。
「おう」
 ドアを開けても動かなかったが、声をかけると、こちらのほうへかすかに首を傾けながらちら、と見る。その視線を受けて、キョン子はどきりとする。
 ――駄目だろ! 緊張したら、気付かれるだけだ。
「鼓動、」
 普段なら顔を向けて、軽く会釈するくらいですぐに本に視線を戻してしまうのに、やはり気付かれてしまった。
 ――もう、開き直るしかないか。
「は、速いか? うん、そっか」
「急上昇した」
 長門が立ち上がる。そしてキョン子の方へ向かってくる。
「いや、だ、大丈夫だから、うん!」
「また、速い」
 ――お前が近づくからだろうっ!?
 キョン子がいる入口のところに、もう長門は来てしまった。
 普段動かないとはいえ、動けばかなりの俊敏さを見せることも知っている。
 ドアを背にして、前には長門がいて、キョン子はすごい威圧を感じる。SOS団において、一番背の高いのはハルヒコだが、次が長門だ。喜怒哀楽の激しいハルヒコと相まって、人形のように整った顔と容姿を持ちながらも感情を見せないので、ハルヒコと別の意味で威圧感がある。
 向かい合いつつ、キョン子はここから逃げ出したい気持ちでいっぱいなのに、長門はキョン子に影を作り、解放してくれる様子はない。
「風邪の症状とも違う」
「げ、元気だし!」
「ならば、何故?」
 まっすぐにキョン子を見つめて問われる。
 ――もう、隠せないよ、なぁ……。
 この宇宙人に隠し事が出来るならば、感情くらいだ。それも身体の数値がおかしくならない程度で、だ。
 はぁ、とため息をついて、バッグの中に手を入れる。状況的にあまり時間のない状況だと予想していたので、すぐ出せるよう、ここに入る前にチェックをした。だからすぐに目的のものが出せた。
「はい」
 つかんだ包みを長門の前に差し出した。
「なに?」
「………ち、チョコだ」
 内容に関してはおそらくわかっているはずの長門は不思議そうに首を傾げた。
「なんで?」
 ――そ、それ聞くか〜〜〜!
 思うが、長門にはいろんな意味でそういうことが通じないのもわかっているので、キョン子は説明する。
「ハルヒコに巻き込まれてからずっと世話になったから、その礼だ」
 バレンタイン会は別に当日やるので、その時でもよかったかもしれない。けれどもあまりに世話になり過ぎて、きちんと個別に2人の時に渡したかったのだ。
 ――買ったものだけど、さ。
 古泉との『心のこもったチョコ』も若干心もとないので、逆に安全だろうと思う。
 すると長門は受け取った。それから今度は長門自身の上着のポケットに手を入れる。キョン子の渡したチョコは持ったままなので、キョン子はその行動の意味がわからずに、首をかしげた。
「俺も」
 云って、キョン子の前に差し出された手の中に、ラッピングされた包みがあった。
「あ、あたしにか?」
 信じられない気持ちで、自分を指さすと、長門はかすかに頷いた。
「あ、ありがとー! うれしい!」
 まさかホワイトデーでもないのに、お返しをもらえるとは思わなかった。
――……じゃー、あたしが用意してなきゃ、変なバレンタインになったのかな……。
「お返しの日ってのもあるから、また来月、あたし、用意するよ!」
 疑問は蹴って、キョン子は包みを受け取って、云う。
「俺もまた、用意する」
「ふふ、なんか楽しいな」
「そういえば、」
 長門がなにか考え込むような仕草で、ぼそりと云った。
「なんだ?」
「あなたは世話になった礼と云ったが、バレンタインは大切な人にチョコレートを上げる日ではないのか」
 思わぬ言葉にキョン子は真っ赤になった。
 ――大切な人って意味でくれたのか!
 うれしい、けど、恥ずかしくて、顔が上げられない。
「なっ、なにを云ってるんだ!? 確かにそうだけど、世話になった礼とか、………な、なにより、女の子が好きなヤツに告白したり……するんだ………」
 ずっと鼓動が速いままだ。
「これは、そういう意味?」
「だっ、だからこれはお礼だって!」
 最初に云った言葉を、この最強宇宙人が忘れているとは思えなかった。顔を上げ、ムキになって云い返すと、長門はまた手の中にあるキョン子からのチョコを見た。
「そう」
 すっ、と長門が離れていった。目の前の美形のプレッシャーに解放されつつ、少しのさみしさを感じる。自然、ふう、と息が漏れる。それに重なるように、長門が云った。
「そういう意味ならいいのに」
「〜〜〜〜〜〜っ!」
 思いもよらない言葉に、キョン子は目を見開いた。心臓が鷲掴みにされた。
 ――こっちだけドキドキさせられるなんて、ずるい。
 返す刀にならないかもしれないが、キョン子はバッグを机の上に置きながら云った。
「――あたしは、日曜日のバレンタイン会のと、それしか用意していない」
 すでに、本に視線を落としていた長門がキョン子の言葉に反応する前に、バン、と激しい音でドアを開けてハルヒコが入ってきた。
 そちらに目が行っていて、キョン子は見ていなかった。
 長門がキョン子からのチョコの入っていたポケットをそっと撫でたことを。


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