※花ゆめ2010年9号ネタバレ
ホテルのドアのノブが、がちゃり、と音を立てるのに、セツカは顔を上げた。
身を起こす動作の中に、テレビを消して、ベッドを飛び降りると、髪を手で整えながら、ドアへ駆け足で向かう。
「おっかえりなさい、兄さん!」
ホテルの部屋はそんなに広くないので、まだドアを閉めていた影に、セツカはおもいきり抱きついた。
「――セツカ。そんなに勢い込んで、飛びついてくるなといつも云ってるだろう?」
不意を多少突かれても、兄のカインはびくともせずに、セツカの身体をがっちり受け止めた。
「ふふ。ごめんなさーい!」
叱られてもうれしそうに、セツカは兄の腕から力が抜けるのを確認すると、兄の腕にからみついた。
「お前…………」
呆れた口調でカインはセツカをねめつけるが、腕を振りほどこうとはしない。
「だーって、ここで待っているの、ヒマなんだも―ん」
カインの言葉にめげるどころか、さらにカインの腕に絡みついて、なかばぶら下がるようにして、セツカは云う。
「なら、無理についてくることはなかったろう? この部屋だって広くないんだ」
会話しつつ、部屋のベッドに移動する。部屋の中の備えつけの机と機能的な椅子ではくつろげないのと、そこはカインの仕事用のものを置くようにしたので、自然2人はベッド上でくつろぐ。
カインの腕から離れて、カインのベッドにポーンと勢いよくセツカは飛び込んだ。
今朝早くにカインは仕事に行ってしまったので、その間にベッドクリーニングしてある。帰ってくるまでは、きれいなままで、あえてカインの目の前で飛び込むのがいい。セツカが独りの時はよほどのことがない限り、決してカインのベッドには触れない。
「セツカ………」
カインが呆れたようにこぼしながら、セツカに絡みつかれていなかった方の手で持っていたバッグを、備え付けの机の上に置いた。
それを見て、セツカは顔を輝かせて、ぽんぽん、とカインのベッドを叩く。
「ほら、兄さん、早く早く!」
「そこは俺のベッドだろう…………?」
ため息をつきつつ、カインはセツカのところへ足を向ける。
「えー、アタシもたまに寝てるからいいじゃない」
「『たまに寝てる』じゃなくて、もぐりこんでいるの間違いだろう?」
呆れたように云いつつも、セツカの所有物にされてしまった自分の寝床の隅に腰を下ろす。
「もう兄さん冷たいの! そーゆーの、ニホンじゃ『ツンデレ』って云うのよ!?」
セツカの返しに、カインががくっと大きく肩を落とし、うなだれた。
「どこでそんな言葉を覚えてくるんだ…………!」
「えー、テレビ?」
勝手知ったる兄のベッドでセツカがごろんと横になって、ベッドの枕元にあるテレビを見る。
一日寝転んでテレビを見ていたセツカだが、外出出来る服装をしている。しかしそれらはほぼ例外なく露出が妙に高い。セツカは好んで、そういった服を選ぶ傾向があるので、ベッドでごろごろしているといろいろな部分がめくれ上げる。しかもセツカはそれを気にも留めない。ますますカインのため息が深くなった。
「そうだな………。俺が云うのもなんだが、引きこもっているのは若者としてどうかと思うぞ?」
「兄さんだって、休みの日はこの部屋出ようともしないじゃないの。――それに兄さんと一緒じゃなきゃ、外に出てもつまんない」
初めこそ、セツカはいろんな所へ足を向けた。
しかし、やはりかたわらに兄がいないのがさみしく感じた。
仕事なのに、どうしても離れていたくなくて、ついてきてしまったから、兄に出来るだけ迷惑をかけたくない。だから仕事の日はちゃんと送り出し、気がつけば帰ってくると部屋にこもるようになった。出るのは食事を調達する時だけだ。外で、独り食事をとるのはむなしいので、買って部屋に戻って食べる。
部屋にいることは意外に楽だった。
意外に息詰まるかと思ったのだが、狭い部屋に兄と自分の居住空間がある。それだけ、室内は兄が残っている。手を伸ばせば、兄のベッドもある。なんとなくカインがそばで、静かに台本を読んでいる姿を想像出来たので、食事の時に少しさみしいと思う以外は外に出るより良かった。
しかしわがままを云わないのは、仕事の日だけで、休みの日は一緒に出かけたいと駄々をこねる。
「外でまで、演じなきゃいけなんだぞ? 面倒だ」
今、カインは難しい役に挑戦している。セツカもそれを知っている。
「じゃあ、出かけなくていい。その代わり、お休みの日も、そばにいてもいい?」
思わずすがるように、セツカはカインを見る。長い前髪からのぞくカインの目を少し揺れて、よく見ようと身を乗り出そうとした瞬間、それを阻むようにセツカの顔を覆うようにカインの手がかぶさる。視界を覆うような手は、すぐにセツカの髪に回り、はっきりしたセツカの視界にはカインの目はもうなかった。それを少しさみしく思うが、見透かすようにカインの手が髪をぐしゃりと乱暴に撫でるのに、軽く気分を良くしてしまう。カインの計算上とわかっていても、そうされるのは好きなのだ。
「俺もおまえもこの部屋の住人なんだ。そんなこと、いちいち断るな」
その言葉に、セツカはほっとしたように息をついて、カインに寄り添うように座り直した。そしてカインの小指に自分のそれをからませる。
「兄さん、」
こてん、と頭をカインの肩に持たせかけて、セツカはそっと呼びかける。
ん、とかすかな応答よりも、絡めたカインの指の方が確実にセツカの呼び掛けに応じてくれた。
――こーゆーの、すっごく好き。
べったりとしている時もだし、わがまま聞いてくれている時もだけど、こういうふうにちょっとの反応だけで、セツカの胸の奥のなにかが震えて、涙がこぼれそうになる。しかし泣けば、兄が心配するので、幸せな気持ちをいっぱいにして、幸せな涙を追い払う。
そして云った。
「お疲れ様、」
ああ、とカインが答えて、仕事帰りのカインを迎える儀式は終わる。後は、かなり難関な食事だ。
もうすぐ自分から離れなくてはならないのが少し惜しい。
それでもまた明日、こういうふうにすることを思って、セツカは頭を離したのだった。
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7号で、セツカ見るまでも平気だったのですが、9号でホテルの部屋で一緒に暮らすだと!? しかもセツカの設定が兄ラブだと!? とまあ、9号の引きにも心奪われてるんですが、神様が降りてきてしまったので、書き殴った次第です。10号で、設定変えなきゃいけない気がするので、駆け足ですね。
読まれて気付かれたと思うのですが、厳密には連キョではないんです。だからカイン×セツカ、なんです。
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