※花ゆめ2010年9号ネタバレ



 かたん、と静かにドアが開いて、セツカは普段の習慣で反射的に身体を上げる。
 ――あれ、でも。
 ふと感じた違和感に、セツカは本能のままにドアに向かって駆け出さずに、室内にある時計を見る。本来帰ってくる時間より早い。時折、早く仕事が終わって帰ってくることもあるが、なんとなく普段と様子が違う。
 しかしそう思ったのは一瞬で、すぐさまセツカはテレビを消し、髪を手で整えながら、カインのもとにかけていき、飛び込んだ。
 違っても、迎える自分は普段どおりにする――それは自分で決めたルールだった。セツカの予想が当たっていれば、このテンションで間違いない。
「お帰りなさい、兄さーん」
 勢い込むセツカの身体を、カインは受け止めるが、やはりいつもと違ってなにも云わない。
 ――ああ、お仕事でなにか、あったんだな………。
 思いつつ、カインの腕にそのままからみつく。そんなセツカを振り払うわけでもなく、カインはセツカの身体を引きずるように、ベッドまで移動した。そしてセツカのことを考えずに、そのままどかりと腰を下ろす。
「あんっ、」
 セツカは特段カインの動きに逆らわなかったので、その時にバランスを崩した。高い声を上げて、重力に従って身体が跳ね、カインの腰辺りに抱きつくような形になる。
「変な声出すな」
 カインが呆れたように云って、腰にしがみつくセツカを見下ろす。
「兄さんがアタシのこと、考えてくれないからでしょー? 女の子なんだからもっと優しくしてよ」
 セツカが猛然と抗議するのに、カインは鼻で笑う。
「ハ、女の子なものか。俺の前で女でいるつもりなら、もう少しいろいろ気を遣え」
「気をつけたら、女扱いしてくれんの?」
 カインの言葉に目をキラキラさせて、セツカが問う。
 その様子に、大きくため息をついて、カインが憮然と云う。
「――お前、妹だろ?」
「えー、別にいいじゃん。アタシたちがきょーだいなんて知ってるの、いないんだし」
 にっこり笑って、セツカはぎゅっとカインの腰を抱きしめる。
「ホテルの人は知ってるだろ?」
 云われてみればそうかもしれないが、ホテルの人間はカインを遠巻きにしているし、セツカも顔見知りになりつつある従業員に軽い挨拶しかしないので、どうだろう、と思う。
「でもこの部屋、会社で借りたから、わかんないかもよ?」
「けど兄妹だ」
 重ねられた言葉に、セツカは泣きそうになった。
「――ウン、義理の、ね」
 セツカの言葉に、カインの瞳が少しだけ揺れる。
 だらしのない両親だったので、2人が本当に血が繋がっているかもわからない。そして少なくともセツカは調べる気にもならない。
 ――ホントの兄妹なら、ずっとカインと一緒にいられる――。けど、ホントの兄妹じゃなかったら、アタシは止められなくなっちゃう―――。
 どっちに転んでも、セツカは幸せになれない。
 今のどっちつかずなのが気楽でいい。この距離を保っていられる。
「ごめんなさい、兄さん」
 自分のエゴで、カインの瞳を揺らしてしまったことをセツカは詫びる。
 声での答えはなかった。ただ静かに、セツカの頭に手が乗せられ、やさしい動きで髪を撫でられる。
 泣きそうになるのをこらえ、セツカはぎゅっとカインの腰にしがみついた。
 帰ってきたカインは口数こそ少ないが、仕草は割と優しかった。だからセツカのされるままになっている。拒まれたことはそんなにない。そしてそれがうれしい。
 周囲を拒むように、2人で生きてきた。人を寄せつけないカインに、セツカは唯一触れられる。そんな彼の緩衝材みたいになっているが、カインより、カイン以外の人間に対して、セツカは排他的だ。それは自覚している。
 布越しにカインの体温を感じ、目を閉じる。話題がそれて、ようやく冷静になり、カインが仕事でなにかあったのかもしれないことを思い出した。セツカはわざと気だるく身を起こした。
「忘れてた。――兄さん、」
 カインの横で立て膝になり、呼びかける。顔だけセツカを向いた表情はひたすら無だ。
 その顔を両手で包み、そっと距離を縮める。
 ゼロになった時、セツカのくちびるはカインの頬と繋がっていた。
 ――聞きたいけど、聞かない………。
 なにかあって、セツカが力になれるかもしれない時は、カインから話を切り出してくる。しかしカインはそうしなかった。
 そういう時、無理やり聞き出そうとも思った。けれどカインが頑として口を割らなかった。その時はまだ幼くて、いろんなことの区別がつかなかった。しかしそういうことが重なって、そこは自分が不用意に踏み込んではいけないのだと知る。
 ――兄さんのことなら、なんでも知りたい――でも。
 我慢する代わりに、兄が抱えているものが少しでも軽くなるように、いい方向へ行くように、願いを込めて、頬にキスをする。
 おやすみのキスより早いそれに、カインは身動ぎしないで、けれども受け止めた。そして立て膝の姿勢のセツカを抱き込んで云った。
「セツカ、今日は一緒に寝ようか………?」
 思いもよらない申し出に、セツカの胸がどきんと高まる。
  抱き寄せられたことで、開放してしまった兄の頬をまた両手ではさんで、顔を覗き込んで問う。
「――いいの?」
「いいよ」
 やさしい口調にためらいはなく、覗き込んだ顔にやわらかい笑みが浮かぶ。それはめったに見られないので、セツカの心の中は祝福のファンファーレが鳴り響いていた。
 しかし、セツカは思い出す。
「夜になったらね、兄さん。夕飯食べないのは、許さないから」
 いつの間にか夕暮れが訪れていた。
 このままカインのベッドに2人でダイブしたい気持ちをこらえて、セツカが云うと、カインは肩をすくめて頷いた。
 兄の感触を名残惜しむようにぎゅうっと抱きしめて、そして「夕ご飯なに食べよっか」と云いながら、離れる。
 夜、もう一度触れるチャンスに、泣いてしまうほどうれしい気持ちは出し過ぎないように、セツカは胸の奥深くに大切にしまった。
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 ふたつ目―。始まりとオチはひとつ目と同じです。近年まれに見るハイペース? BJ編は長いらしいのに、とてつもなく短期決戦。20日に変わる可能性が大きいので、書ききってしまいたい。
 ホントビジュアルだけ蓮キョなだけのオリジナルですねー。そのくらいには、表紙も話もインパクトがありました。今書いているカインとセツカも、オリジナルになる可能性が高いけど。

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