※花ゆめ2010年9号ネタバレ



 ウィイーン、とかすかな電子音が、だんだんボリュームを下げていき、消える。
 同時に、電気が消えた。
 カインは自分のベッドに腰を下ろし本を読み、セツカはコンビニで昼食を買った時に、見つけたファッション雑誌を寝転んでぱらぱらめくっていた。
「えっ!?」
「………おそらく、停電だ」
 あわてるセツカをよそに、カインは冷静に云う。
 その言葉に安心して、セツカも動くのをやめた。
 俳優カイン・ヒールは俳優として以上に、そういう危機にも強いのを、セツカはよく知っている。
 ――兄さんが、そう云うなら、大丈夫。
 それに、隣のベッドに行けば、兄がその上にいることも知っている。そう考えるだけで、室内が闇に覆われていても、安心感があった。
 やがて、館内アナウンスがあって、停電の旨を伝えた。すぐに自家発電に切り替わるということで、セツカは安堵する。
 そうはいっても、すぐ近くに最愛の兄がいるから心細さはない。むしろこの暗闇の中の、室内に2人きりの状況が幸せだ。
 しかし、いくら待っても、電気がつく気配がない。
「…………自家発電って、こんなに時間がかかるものなの?」
 考えるが、よくわからない。こういう風な生活にあまり慣れていない。不安になって、爪を噛んで、呟く。
「セツカ。大丈夫だよ」
 カインの声に、セツカは爪を噛むのをやめる。
 暗い中に、室内がしんと静まり返っているから音で、爪を噛むのがわかってしまったらしい。無意識の癖なのだが、カインは良く思っていない癖だ。だからセツカは意識的にそうしないようにしている。
「ねえ。なら、兄さん、明るくなるまでそっちに行ってもいい?」
 わざと明るい口調で云うと、少し考える沈黙があって、カインが「いいよ。でも待って」と云う。不思議に思いつつ、おとなしく待っていると、ぽっと明かりが点いた。室内灯でなく、蝋燭のように頼りない光だったが、その光はいとしい兄の姿をセツカに見せる。その光の下、さらに目を凝らすと、その光がライターの火だということがわかった。
 セツカと目を合わせて、カインが目で微笑む。
「危ないからゆっくりおいで」
「…………うん、」
 呪文をかけられて、セツカはゆっくり足を踏み出した。
 カインとセツカのベッドの間にものはほとんどない。2人ともこの旅に際して、荷物はそんなに持ってきていない。セツカの服や化粧品はクローゼットに納められているが、最低限に抑えている。もともと無理を云ってついてきたのだ。おしゃれもしたいがこらえた。それに現地調達も出来る。
 だから少しだけ小さな明かりを見つめながら、足元を確認し、その時以外はカインの瞳を見つめながら、セツカは足を進めた。
 自分のベッドを下りて、二歩ほど歩くとすぐにカインのベッドだ。足先で確かめて、ゆっくりベッドに上がる。
 その瞬間、明かりが消えて、セツカは驚くが、すぐに腕を引かれる。その勢いで、セツカはカインの方へ腕を伸ばした。ちょうどカインの肩口に触れたと感じたので、セツカはそのまま思いきり飛び込んだ。
「こら」
 セツカを受け止めて、けれど今日は慣性の法則にしたがったカインはセツカとともに、ベッドに倒れこむ。そうしてセツカの頭を抱え込むと、たしなめるように云った。
 カインの胸に頭を押しつけて、セツカがくすくす笑う。
「だってこうなるの予測して、兄さんはライターの火、消したんでしょ?」
「………消すんじゃなかった、と今は思ってるよ」
 カインの上になっているので、カインが話すごとに、胸が動く。ライターも消してしまったので、今はまた暗闇の中だ。
「かくれんぼってこんな感じかな」
 呟くように、セツカが云う。
 セツカにも子供時代があったが、無邪気にはしゃげた時期はほとんどない。だから想像するしかない。
 けれども戻りたいとは思わないし、今はそういう風に考えて、カインといるのが幸せだと感じている。
「さあね――でも、隠れていないよ」
 カインの言葉に、セツカは笑った。
「そうね…………」
 このシチュエーションは、かくれんぼではないことに、セツカは気付いた。
 ――世界に2人きり。
 思いついたのに、セツカは幸せでどうにかなりそう、と思いつつ、微笑んだ。
 ――カインと、この世界で2人きりなら、いいのに。
 目を閉じた時、ぱっと明るくなった感覚が目の裏でした。反射的に目を開けると、部屋がすっかり明るくなっている。ずっと暗かったので、目が慣れない。何度か瞬きをして、カインに目を向けると、セツカを見ていた。
「ほら、もうおどき」
 やさしい言葉に、セツカはしぶしぶ従う。
 ――せっかく、いいところだったのに…………。
 セツカは口を尖らせる。悔し紛れに、ふと思い出したことを云った。
「――やっぱりベッド、ひとつでもよかった」
 このホテルに来た日、ベッドがひとつで2人はどういうことか、とさすがに困っていたが、ホテル側の案内ミスだったことが判明し、カインの風貌や雰囲気から、謝りに来た従業員がひたすらに平謝りだったのは記憶に新しい。
「駄目だよ」
 あまりにきっぱりと云われた言葉が哀しくて、セツカは涙がにじみ出そうになりながら問う。
「どうして―――?」
「セツカはねぞう悪いだろう? 俺は身体が資本だからベッドから追い出されたり、毛布を奪われたりするわけにはいかないんだ」
 継がれた理由に、セツカ自身が嫌で拒んだわけではないと知って、少し安堵する。
「ええっ! そんなことないよ、大丈夫! そうよ、アタシが動かないように兄さんが腕枕してくれれば、問題ないわ!」 
 セツカが勢い込んで云うのに、カインは大きくため息をついた。
「だから、俺は今、身体が資本だと云っているだろう…………セツカさん」
「え、と、じゃあ、帰る前の日まで我慢する! あと、帰ってからでもいい! ね、お願い、兄さん」
 兄の腕枕なんて久しぶりだ。
 このチャンスを逃す手はない。セツカは必死にカインにお願いした。
「――わかったよ。だから妹よ、俺のベッドに入るのは禁止」
 カインの交換条件に、セツカは眉を上げる。
「それは駄目! あれは……寝ぼけてしてるんだから無理!」
 実は確信犯なのだが、そこは黙っておく。
 それにカインはため息をついて、うなった。
「兄さんから布団は奪ったりしないから、ね!」
 さらに重ねる言葉に確信犯なのが完全に見えてしまっているが、カインはそこには触れなかった。
「もっと、他にも目を向けなさい。――でも、ここにいる間は・………」
 カインはその先を云わなかった。
 セツカはまたカインを抱きしめるようにしがみついた。
「ありがと、兄さん。―――大好きよ」
 ありったけの思いを込めて、セツカは云う。
 ――それでも全然足りないけど。
 ぎゅうっとさらに力を入れた時、部屋のチャイムが鳴った。2人は顔を上げる。

 またしても平身低頭で来たホテルの従業員たちは自家発電の切り替えがこの部屋だけ行われていなくて、すぐに変わらなかったことを詫びに来て、またしてもたくさんのお詫びの品を置いていったのだった。
 End 100408up 100409moved

 みっつめ。
 お題は難しい。大きなお題のくくりがあって、小さなお題を消化し切れていないような………? カインはともかく、セツカが甘えきれているか自信がないくらいには、甘い話は書き慣れていません、――私が。

→NEXT