ふわふわ揺れる茶色の髪。
 例えばゆるやかにいい風が吹く日、意外にも素早い動作を見せる時、ふわり、と揺れる沢田の髪から目が離せない瞬間がある。
 ――いいなあ。
 そういう時は羨望の目できっと見てしまっている。彼の髪に目を引かれる時は大抵そうだ。すぐに、ハッと我に返って、あんまりじろじろ見るのは申し訳なく目をそらしてしまうのだけど。
 欲しいものは手に入らない法則で、ちょっと風変わりなその髪が新井にはうらやましかった。
 ――まあ、俺にはとてもじゃないが、似合わないよなあ。
 なので、加工する気もない。
 沢田だから、あの髪でいいのだ、と羨む気持ちにケリをつける。
 大学の頃から新井には印象的だったその髪は、最近は羨む気持ちとちょっと違う意味を持って、見入ってしまう。
 きっかけは急死した父親のあとを継いで、クリーニング屋を初めてしばらくして、仲良くなった父子の子供の方、雅史だった。
 父親の河野は家事なんてまったくやらない仕事人間だったが、妻との不和からの離婚問題で、家事に目覚めたらしい。必要最低限の家事といいつつも最近はようやく慣れてきて、楽しそうだ。休日は楽しそうに買い物袋を下げて、雅史と歩いて、新井のもとや沢田の店に現れる彼の姿を見る。父子になった2人は初めて深く関わったお客だからということもあるのか、新井もなにかと気にかける。
 先日も沢田とともに誘われて、ちょっと足を伸ばしてお祭りに付き合った。
 その時、綿菓子をねだった雅史が袋から綿菓子を取り出して、そして沢田を見た。
「おにーちゃんの髪の毛」
 その発言にその場にいた男3人は大笑い。
「うまいなあ、その発言」
 河野が我が子に感心して云えば、沢田も大きく頷きながら諭してみる。
「でも、そんなピンクじゃないよ、雅史くん」
 新井はといえば、まだ笑い続ける2人をよそに笑みを止めて沢田の髪を思わず見つめてしまっていた。
 ――確かに、綿菓子みたいだ………。
 くしゃくしゃの髪に手を置けば、綿菓子のようにつぶれてしまうのかもしれない。
 ――繊細な、髪じゃなくて、糸みたいに。
 ふわふわと揺れるから、思わず触れてみたいと思う瞬間がある。だけどそれをしてはつぶれちゃうのかもな、と柄にもなく考えて、すぐに否定するが、それ以来、沢田の髪から目が離せなくなる時間が多くなって、そして触れる勇気はなくなっていた。
 
061210up




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