その日から一週間が経とうとしていた。
 今日も受け取りと配達の途中で、沢田がアルバイトをしている店、ロッキーで昼食を取る。
 昼とはいっても、比較的遅い時間なので、おやつの時間に近い。どうしても耐えられない時や回る家の都合から普通通りに取れることもあるが、今日はおやつの時間に限り無く近かった。
「よう、遅くに悪いな」
 新井がドアを開けると、店内には人がいなかった。沢田が新井を見て微笑む。
「いらっしゃい、和也。すぐに出来るよ」
 慣れた様子でカウンターに座り、なんとはなしに沢田を見る。目が行くのはやはり髪の毛。
 ――今日もふわっふわだなあ………。
 見るようになると、なにかを調理している時はその熱気で髪が舞うことも改めて知った。
 それにしばしば見とれていると、ことん、という音。
「お待たせ」
「〜〜〜〜〜っっ!」
 見とれ過ぎていて、ランチが出来上がったことにも気付かなかった。
「悪ぃ! いただきます」
 目を、美味しそうに盛られた皿に集中する。集中しないとまた髪を見てしまいそうだ。
 ――バカじゃねえ。
 自分でもそう思うのだが。
 沢田との会話は普通にこなせたが、なにぶん顔を上げられない。これはまるで、沢田を避けているみたいだ。そんなつもりは新井には毛頭ない。だが、どうすることも出来ない。
 ――あきらめて、云おうかな………。
 その方がいい。
 ランチを平らげるタイミングで、かたん、とカップが置かれる。ミルクコーヒー。
「サンキュ」
 云って、カップに手を伸ばした瞬間、その手が止められた。思わずびくり、とする。
「さて、和也。配達の途中だから、単刀直入に聞くよ」
「え?」
 反射的に顔をあげる。沢田の髪が、予想以上に間近にあった。
「――っ!」
 息を飲む新井の反応を見て、沢田は口を開いた。
「この一週間、俺の髪にずっとなにかついてるの?」
 沢田が、自分でも変だと思う新井の変化に気付かないはずはなかった。
 はあ、と新井はあきらめたように息をついた。
 ――云うしかないな。
 多分笑われるし、バカにされるかもしれない。だけど、気まずいのが一番嫌だった。
「――笑わないか?」
「笑わないよ」
 その言葉にホッとする。そして意志を決めて、口を開いた。
「雅史くんと夏祭りに行った時、綿菓子を見てからお前の髪を見て『綿菓子みたい』って云ったろう? あの時から、俺は沢田の髪が綿菓子みたいに掴むとつぶれちゃうような気がして――それに、細かい糸が絡んでいるようで、目が離せなかったんだ」
「――触ってみる?」
 笑いはしなかったが、笑みを含んだ口調で云われる。
「いや、いいよっ。ホントにつぶれたら困るし」
 わかっていても、触れるのはどきどきする。
「つぶれないってば。これ、一応髪の毛なんだよ? 和也の髪だって、つぶれないだろ? 感触はともかくさ、材質は和也のと変わらないよ」
 それでもいやいやをする子供のように首を振る新井に、沢田はカウンター越しに新井の手を掴んで、自分の髪に触れさせた。
「あっ―――」
 新井の手に、柔らかい感触。
 ――沢田の、髪だ。
 ふざけあって触ったりもしたが、こうやって触るのは初めてで、さっきから鼓動が速い。
「ほら、大丈夫でしょ?」
 沢田がにっこり笑った。確かに新井の手の下でつぶれることはなかった。
「ああ………」
 だけど、ふうわりと柔らかい感触が新井を落ち着かなくさせていた。

061210up




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